即 効 薬
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即効薬 第六話 誤解 Side-B
・序章
「…あ、あの…」
「あ… 瑞穂理奈さんですか?」
「は、はい… 倉田秀行さん、ですよね…?」
「は、はい。その手紙の差出人です。 …俺の事、覚えていますか?」
「は、はい… 本屋でぶつかって、助けてくれて…」
「はい、そうです。 …良かった。覚えていてくれて…」
『…』
「あ、あの、大事な用事って…?」
「実は… 瑞穂さんの事、あの時からずっと憧れていました。お願いします。俺と付き合ってください。」
「えっ!? ほ、本当ですか?」
「もちろん本当です。冗談なんかじゃ無いから。 …その、すぐに返事してとは言わないから… …そ、それじゃあ!」
「ま、待ってください! あ、あの、実は… …私も、あの時から倉田さんの事、ずっと憧れてました…」
「えっ!? そ、それって…」
「わ、私からもお願いします… 私と付き合ってください…」
「も、もちろん! 喜んで!」
『…』
「あ、あの… 倉田さんじゃなくって、秀行さんって呼んでもいいですか?」
「…そう呼んでもらえると、苗字で呼ばれるよりも嬉しいよ。俺も、理奈さんって呼んでもいいかな?」
「は、はい… お願いします…」
…それは、よく小説にあるような出合いだった。梓と真奈ちゃんと一緒に本屋へ行った時、本棚の陰から出てきた男の子とぶつかっちゃった。そのまま倒れそうになった私をその男の子が支えてくれたんだけれども、抱き締められるような形になっちゃって… …そのまま目と目が合っちゃって、お互いに動けなくなって… その時、梓と真奈ちゃんが駆け寄って来たので、その時はそのままお別れした。そのまま胸のドキドキは止まらなかったんだけれども、どこの誰かも分からなかったので、もう会えないかもしれないと思っていた… でも、翌日の昼休みに、学校の渡り廊下で、その人を見かけちゃった。その後、あちこち友達に聞いて、同学年で違うクラスの倉田秀行さんだという事が分かった。そして今朝、勇気を出してラブレターを渡すつもりで学校に着くと、私の下駄箱の中には、秀行さんからのお手紙が入っていた。そして、手紙に書かれていた通りに待ち合わせ場所に行くと、そこには、あの本屋にいた男の子…秀行さん…が待っていた。そして… …まさか、秀行さんも、私と同じ想いだったなんて…
・第一章 薬局
秀行さんとのお付き合いが始まって、今日で丁度1週間目。時々お昼を一緒に食べたり、一緒に帰ったり、その途中で買い物に出かけたりと、そんなに深いお付き合いでは無いけれど、そうして一緒にいる時間が重なるほど、更に秀行さんの事が好きになっていった。そして、ほんの少しの時間でも秀行さんと一緒にいたいと思う様になってきていた。
そして、今日も終業のベルが鳴った。これからは、私と秀行さんが一緒にいられる時間… …けれども、今日は… 私の教室と秀行さんの教室は、階段を挟んで同じ階の端と端にあるから、終業と同時に教室を出ると、いつものように階段の所で理奈さんと会う事が出来た。
「理奈さん。」
「あっ、秀行さん。」
「それじゃあ、一緒に帰ろうか。」
…ごめんなさい… …私も、秀行さんと一緒に帰りたいけれど、今日は…
「…ごめんなさい。今日はこれから委員会があって…」
「…そっか、残念だな…」
「…本当に、ごめんなさい…」
「委員会じゃあしょうがないよ。そんな事で謝らなくてもいいからね。」
「…うん… …あっ! 秀行さん、電車の時間!」
「…あっ! ご、ごめん。また明日…」
「うん、また明日…」
その言葉の直後に、秀行さんは階段を駆け下りていった。学校から滝城高校前駅までは歩いて10分位。そして、秀行さんが乗る電車の発車時間は終業から12分後。つまり、終業と同時に駅に向かわないと、電車に乗り遅れちゃう。そして、その次の電車は更に30分後。なるべく早く帰るために急いで駅へと向かう秀行さんの背中に、私は心の中で謝っていた…
…時計を見ると、秀行さんと別れてから30分位経っていた。今から駅に向かえば、ちょうど秀行さんが乗った次の電車に乗る事が出来る。私は、図書室から出て駅へと向かった。 …委員会があるというのは、実は嘘。私は、これからどうしても行かなくちゃ行けない場所がある。でも、それを秀行さんには知られたく無いから、嘘をついて秀行さんと別れて、その後図書室で時間を潰していた。秀行さんが帰った後の電車に乗るために… 私はそのまま急いで駅まで行って、電車に乗り込んだ。そのまましばらくして、秀行さんが降りる駅を通り過ぎ、その次の駅で降りた。そして私は、商店街へと歩いていった…
真奈ちゃんの家の前を通り過ぎて3軒目。私はお店の前に立って、辺りをキョロキョロ見回した。 …よし、誰も見ていない。今のうちに… 私は、慌ててそのお店…神代薬局…へと入った。
「いらっしゃいま… あっ、瑞穂さん。こんにちは。」
「こ、こんにちは… 神城さん…」
お店のカウンターには、前に来た時と同じように神城さんがいて、笑顔で迎えてくれた。私は、そのままカウンターの前へと歩いていった。 …意識しないようにしようと思っているんだけど、カウンターに近付くにつれ、私の顔は真っ赤になっていってしまった…
「瑞穂さん?」
「…あ、あの… …か、か… …あの…」
あとは、お薬の名前を言うだけ… その一言だけで済むのに、あまりの恥ずかしさに、私は前の時と同じように声が出なくなってしまっていた…
「…ひょっとして、前と同じ薬?」
「!! は、はい…」
神城さんは、私が何を言いたいのかを察して、先に言ってくれた。 …は、恥ずかしい… …でも、良かった。神城さんに知られるのは恥ずかしいけれど、私から言うよりは、きっと恥ずかしく無いから…
「数も、この前と同じでいいかな? 今日はちゃんと2個入りのもあるけど…」
「ご、5個入りで… そちらの方が、安いですから…」
「1個当たりの値段だったら、10個入りが一番安いけど、そっちはどうかな?」
「10個ですか… それだと、鞄に入れても目立っちゃいそうですから…」
「そっか、そうだよね。ちょっと待っててね。」
そう言うと神城さんは、紙袋を手に取って、後ろの棚からあのお薬を取ってその中に入れた。そして、そのまま封を閉じずにカウンターに置いて、袋の口をちょっとだけ私の方に向けた。
「はい、これでいいかな?」
「は、はい… …あの、どうして先に紙袋に?」
「あの後、僕も少し考えて、まず紙袋に入れる事にしたんだ。これなら、急に他のお客さんが来ても、中身が分からないからね。確認してもらう時は、袋の上から見て貰えばいいし。」
「そ、そうですね…」
…そういう事、ちゃんと考えていてくれているんだ… …ちょっとした気配りなんだけれども、その事がとっても嬉しかった…
「はい。それじゃあ、294円ね。」
「は、はい…」
私は、財布からお金を取りだして、神城さんに渡した。 …そう言えば、前に梓と5個入りを買ってから2ヶ月しか経っていない… …私がこの短期間に全部使ったなんて、思われたくない…
「…あ、あの… …前に買ったお薬、全部私が使っちゃった訳じゃ無いですから…」
「うん。上川さんとふたりで分けたんだよね?」
「えっ!? …ど、どうして、その事を…」
何で、神城さんがその事を知っているの!? …ま、まさか、真奈ちゃんが…
「最初に2箱買おうとしていたから、何となくそう思っただけだよ。それに、ふたりともそういう症状みたいだった事を、次の日に上川さんが言っていたから。」
「あ…」
『え〜い、今日はいっぱい食べる! 昨日はふたりとも食べられなかったから、その分も取り戻す!』
…あの言葉、ちゃんと聞かれちゃっていて、バレちゃっていたんだ… …でも良かった。ふたりで使い合っちゃった事までは知らないみたい… …それと真奈ちゃん、疑ってごめんなさい…
「…聞かれていないと思っていたんですけど…」
「その場で聞き直したら、恥ずかしい思いをさせちゃうだけでしょ? だから、聞いてない振りをしていたんだ。大丈夫、誰にも言わないからね。たとえマナちゃんに聞かれたとしても、絶対言わないから。」
「…あの、真奈ちゃんはその事知っていますから…」
「あ、そうなんだ。それでも、絶対に言わない。知っているからって喋っちゃったら、僕が今まで秘密にしてきたって事を、誰も信じてくれなくなっちゃうからね。」
神城さんは、紙袋に封をしようとして、ふと気が付いたように顔を上げた。
「そういえば、瑞穂さん。」
「…はい?」
「飲み薬だと駄目かな? 最近は、お腹が痛くならないタイプも有るんだけど…」
「…ひょっとして、これの事ですか?」
私は、ポケットの中に入れてあったピンク色の封筒を神城さんに渡した。封筒の中には、お薬の名前と値段、そして飲み方が書かれている。以前、真奈ちゃんにお願いしてお腹に優しい便秘薬を貰った時に、お薬と一緒に用意してくれた手書きの説明書。神城さんは封筒を開けて、そのメモを手に取った。
「あ、うん。この薬だよ。 …あれ? この字は…」
「…この間、真奈ちゃんから1回分貰って、使ってみたんです… …確かにお腹は痛くならなかったんですけど、ちょっと長い間効きすぎてしまいまして…」
梓がアレを使うと言った次の金曜日の夜、私も前の残りのお薬を使っていた。けれども、我慢が足りなくってあんまり出なかったので、真奈ちゃんから貰ったお薬を寝る前に飲んでみた。翌朝、真奈ちゃんの言っていた通り、ほとんどお腹も痛くならないでちゃんと出ていってくれた。けれども、お薬の効き目は1回では治まらなくて、その後2回もトイレに… …その日は部活も無くって、完全なお休みだったから良かったけれど、もし普通の日だったら…
「そっか… 飲み薬だと、効き始める時間とか、効いている時間とかが一定じゃないから…」
「…はい… …ですから、恥ずかしくて苦しいですけど、こっちの方が安心できますから…」
そして、神城さんは、紙袋と一緒に封筒を、それからお釣りを渡してくれた。
「そ… それじゃあ…」
私は、紙袋と封筒を鞄に入れて、急いでお店を出ようと…
「瑞穂さん、ちょっと待って。」
「…えっ?」
慌ててお店を出ようとすると、神城さんから呼び止められた。 …一体、何?…
「顔、真っ赤だよ。 そのまま出るとかえって目立っちゃうから、深呼吸でもして少し落ち着いて。」
「は、はい…」
私は落ち着こうと思って、何回か深呼吸をした。でも、私の顔は真っ赤なまま変わらなかった…
「男の僕が言うのも何だけど、小学生や中学生の頃って、生理用品とかって恥ずかしくて買えなかったよね? でも、今はその時ほど恥ずかしくなく買えると思うんだ。それと同じって思えないかな? どっちも必要な物なんだし。」
「…そ、それはそうですけど… …でも…」
…神代さんはずっと薬局にいるから、気にならないのかもしれないけれど… …悪気は無いって分かっているけれど… …男の子にそういう事を言われるのって、すごく恥ずかしい… …私の顔は、さっきよりも赤くなってしまった… 神城さんも、その事に気が付いたのか、『しまった』という感じの表情になってしまった。
「…瑞穂さん。僕の顔を見て。」
「…えっ?…」
「いいから。」
「は、はい…」
私は、言われるまま神城さんの顔を見つめた。神城さんも、真剣な面持ちで私を見つめている。そして、神城さんの顔が少しずつ近付いてきた。 …えっ?… …ちょっと、これって、まさか… …だ、駄目。私には秀行さんがいるし、神城さんには真奈ちゃんが… …えっ!?
「あははははっ!? ちょ、ちょっと、神城さん…」
突然、神城さんの顔が歪んだ。目尻と唇の端っこを指で下げて、とっても情けない顔を作っている。その顔の面白さと、さっきまでのシリアスさとのギャップが激しくて、私は大笑いしてしまった。 …笑いすぎて、お腹が苦しい…。
「はい、僕の勝ち。」
「…か、神城さん… …にらめっこしてるんじゃないんですから…」
ひとしきり笑いの衝動が収まったところで、私はそう言った。
「いきなりごめんね。でも、もう大丈夫かな?」
「えっ? あっ…」
…あれ? もう、さっきみたいに恥ずかしくない…? 顔も、さっきみたいに火照ってない…?
「驚いたり笑ったりすると、不安な気分とか恥ずかしい気分って、吹っ飛んじゃう時があるからね。昔、マナちゃんが泣いている時なんかは、よくこうやって笑わしたりしてたから。」
「そっか… 神城さんと真奈ちゃんって、恋人になる前から幼馴染みだったんですよね…」
「うん。マナちゃんがここに引っ越して来た3歳の時からだから、もう14年になるかな。途中から、笑わせたり驚かしたりするネタを考えるのが大変だったけどね。」
もう長い間、お互いの事を何でも知っている真奈ちゃんと神城さん。ちょっと羨ましいな… 私も、早く秀行さんとそういう風になりたいな…
「ありがとうございました。お大事にどうぞ。」
「うん。色々とありがとう。さようなら。」
そうして私は、神代薬局を後にした。
・第二章 疑惑
それから、私は駅へと向かった。恥ずかしい買い物だったけれど、神城さんが気を遣ってくれたおかげで、そんなに不快では無かった。むしろ、不快なのはこれからの事… …とっても恥ずかしくて、苦しい治療… …でも、やらなくちゃ。早くこの苦しさから抜け出したいし、明日は元気になって梓や真奈ちゃん、そして秀行さんと会いたいから…
「今の人って、新しい恋人?」
「!?」
そんな事を考えて歩いていると、突然後ろから声を掛けられた。 …う、嘘!? 今の声、まさか… 恐る恐る振り返ると、そこには秀行さんがいた。絶対にここにいるはずのない人、そして、今の買い物の事を一番知られたくない人…
「…ひ、秀行さん… …ど、どうしてここに?…」
「…ごめん… …駅で理奈さんの事を見掛けて、気になって後を付けてきたんだ… …でも、こんな…」
「…えっ? こんな、って?」
「…あの薬局にいた男の事、好きになったの?」
「えっ!?」
神城さんの事を好きにって… …な、何でそんな事を言うの!? …ま、まさか、黙ってここに来た事を、神城さんに会いに来たと思っちゃっているの?…
「そ、そうじゃないんです。ただ、買い物に来ただけですから…」
「…俺の事を騙してまで? …薬局なら、理奈さんの家の近くにもあるのに?」
「…そ、それは…」
「…俺よりも、あの男の方が好きになったの? …それなら…」
「…そ、そうじゃないんです…」
「…じゃあ、何で? …ちゃんと説明出来る?」
「…」
説明… その言葉に、私は真っ赤になって俯いてしまった。 …説明出来無い疚しい事は無いのだけれど、それを秀行さんに、しかも、こんな所で話すなんて…
「…秀行さん… …ちゃんと、全部説明しますから… …でも、誰にも聴かれたく無いから、ここじゃ駄目です…」
「…それじゃあ、俺の家で…」
「…」
私は、無言で肯いた…
再び電車に乗って1駅戻り、15分程歩いた所にある住宅街。そこに、秀行さんの家はあった。本当ならば、凄く楽しみにしていた秀行さんの家への初訪問。でも、こんな情況の中で、私の心は沈みきっていた… 秀行さんはポケットから財布を取り出して、そこに付いている鍵で玄関を開けた。
「…さあ、どうぞ。」
「…お、おじゃまします…」
「あっ、今は誰もいないから。」
「…そ、そうなんですか…」
誰もいない家に恋人とふたりっきり。本来ならば嬉しいはずのシチュエーションなのに、私の心は重く沈んでいた。これから、恥ずかしい告白を… リビングに入ると、秀行さんは私に椅子を勧めて、そのまま出ていった。しばらくすると、秀行さんは紅茶のカップをふたつ持って戻って来た。ひとつを私の前に、もうひとつを私の隣に置いて、秀行さんはそこに腰を下ろした。
『…』
…そして、ふたりの間に沈黙が落ちた…
「…どうして、俺を騙してまであの薬局に行っていたの?」
しばらくして、覚悟を決めたかの様に、秀行さんは言葉を切り出した…
「…そ、その… …ですから、買い物に…」
「買い物? 薬局なら、理奈さんの家のすぐ近くにもあるじゃないか。わざわざ時間と電車代を無駄にしてまで、あんな所まで行く必要ないんじゃないの?」
「…」
「…やっぱり、言えないんだ…」
「…あ、あの…」
…秀行さんには… …ううん、こんな事誰にも知られたくない… …でも、ちゃんと言わないと、秀行さんには分かってもらえないから… …私は、さっき買った紙袋を秀行さんに差し出した…
「…こ… …これを、買いに行っていたんです…」
…秀行さんは、私から紙袋を受け取って、開けた…
「…浣腸?」
「…は、はい… …今、ちょっと便秘になっちゃっていまして…」
…その言葉に、私は真っ赤な顔で頷いた…
「でも、わざわざあんな遠くの薬局まで行かなくても。薬局なんて、近くにも大きな店があるんだから。」
秀行さんは、私に紙袋を返しながら、更に尋ねてきた。 …こんなに恥ずかしい思いをしても、まだ分かってくれないなんて…
「…でも、これを買うの、すごく恥ずかしいですから…」
「恥ずかしいって… そんなの、何処で買っても同じだと思うけど?」
「…前に、これを買うために、友達とあの薬局に行ったんです… …お店で初めて知ったんですけど、あの薬局にいた男の子は、別の友達の恋人だったんです… …だから、神城さんとは…あっ、あの薬局の男の子とは、ただの友達で… …他のお店に行って、店員さんに知られちゃうより、もう知られちゃっている神城さんのお店で買った方が恥ずかしくないと思って… …それに、あのお店は空いてる事が多いみたいですから、他のお客さんにも見られにくいし…」
私は、蚊の鳴くような声で、なんとか説明した… …あまりの恥ずかしさに、もう消えてしまいたい位だった…
「…それだったら、下剤にすればいいじゃないか。浣腸じゃなくて。」
…そんな… …これだけ話すだけでも、消えてしまいたい位恥ずかしいのに、まだ話さなくちゃいけないなんて…
「…だって、浣腸だとすぐに効くけれど、下剤だといつ効くか分からないから、授業中とか通学中とかに効いてしまったらとか思うと、怖いんです… …それに、浣腸の方が気持ちいいから…」
「えっ!?」
「!!」
私の言葉に、秀行さんは驚いて大声を上げた。 …私、今、一体何を!?
「…理奈さん、今、何て?」
「さ、さよなら!!」
「理奈さ… うわっ!?」
驚いて聞き返してくる秀行さんを振り切って、私は駆け出していた。後ろで、何かがひっくり返ったような派手な音が聞こえた。私はそれを無視して、慌てて靴を履き、玄関を開けて外へと飛びだす。そして後ろ手で玄関のドアを閉め、更に駆け出していた…
・第三章 苦悩
…気が付くと、私の家の玄関の前に立っていた。どうやってここまで戻って来たかも、ハッキリと思い出せない。朧気だが、電車の中でずっと涙を堪えていたような記憶が…
「…ただいま…」
鍵を開けてから、そっと玄関を開けて、家の中に入った。いつもと違って、『お帰り』というお母さんの声は無い。お母さんは商店街の福引で当たった旅行に行っていて、明後日の夕方まで帰って来ない。お父さんも出張に出ていて、明後日の夜まで帰って来ない。だから、今この家にいるのは、私ひとり…
「…」
私は玄関の鍵を掛け、そのまま私の部屋へと行った。そして、鞄を椅子の上に置いて、ベッドに俯せに身を投げ出した。
「…うぅっ…」
その途端、今まで堪えてきた涙が溢れ出した。私は、枕に顔を押しつけた…
『…それに、浣腸の方が気持ちいいから…』
…私、何であんな事を言っちゃったんだろう… …秀行さん、きっと言葉通りに勘違いしている…
「…うえぇ… …うぁぁ…」
…下剤はいつ効くのかがハッキリしないから怖いし、効いてきてから結構長い間お腹の調子が悪いままで、ずっとお腹の中が気持ち悪い。浣腸はすぐに全部出て、お腹の調子も下剤よりも早く落ち着くから、お腹の気持ち悪さも割合早く消える… …それで『気持ちいい』って言っただけなのに… …浣腸自体が気持ちいい訳じゃないのに…
「…うぁぁ… …ひっく…」
…それに秀行さんは、私が神城さんと浮気していると疑っている。私は、出来るだけ恥ずかしく無いお店で買い物がしたかった、ただそれだけなのに… …秀行さんとは、もう駄目なの?…
「…うわあぁぁぁぁぁっ…」
私は、大声で泣き出していた。 …嫌だ、秀行さんと終わりになるなんて… …こんなに、こんなに大好きなのに…
「…あ…」
気が付くと、辺りは真っ暗だった。 …私、泣きながら眠っちゃったんだ… 泣いたおかげと眠ったおかげで、私は少し落ち着きを取り戻していた。それでも、まだ心は苦しい。そして、お腹も苦しい…
「…そうだ、お腹…」
私はカーテンを閉め、電気を点けた。時計を見ると、午前5時を指していた。登校までは、まだ十分時間がある。私は、鞄から昨日の袋を取り出した。そして箱を開け、その中からピンクの塊をひとつ取り出して…
「…」
…どうしても、それを使う気にはなれなかった。 …この恥ずかしいお薬のせいで、私と秀行さんは…
「…」
私は塊を箱に戻し、そのまま袋ごと机の抽斗に仕舞い込んだ。
「…あ…」
抽斗を閉める時に、スカートが目に入った。慌てて姿見を見てみると、私は制服のままだった。帰って来てそのままの格好で眠っちゃったため、制服のスカートは皺だらけに…
「…やっちゃおう… …まだ、時間はあるし…」
私はそう呟いて、アイロンの準備を始めた。予備のスカートはあるから無理にアイロンを掛ける必要は無いけれど、何もしていないと、昨日の事を思い出しちゃいそうだから… …アイロンを掛け終えて、お弁当を作り、食欲は無いけれど無理矢理朝食を食べてからシャワーを浴びると、ちょうど登校する時間になっていた…
…梓と真奈ちゃんは、私のあまりの元気の無さに驚いていた。そして私は、お昼休みに昨日の事を全部喋ってしまっていた。その途端、ふたりとも秀行さんの事を怒り出した。特に真奈ちゃんは、『タカちゃんを呼んできてあげる。みんなで一緒に行って、誤解を解こう!』とまで言ってくれた。とっても嬉しかったけれど、『まずは私が話してみるから…』と断った…
…そして放課後。私は教室から出て、いつもの階段の所で秀行さんを待っていた。5分経ち、10分経ち… …かなり長い時間待っていても、秀行さんは来なかった。秀行さんの教室に行ってみると、そこには数人の男の子が掃除をしていた。秀行さんの事を聞いてみると、『終業のベルと同時に、走って帰った』という事だった… …そんな… …もう、私と会う事さえ嫌なの?… …それでも私は、秀行さんに会いたい… …もう秀行さんとは駄目だったとしたら、ちゃんと終わりにしないと、前に進めそうに無いから…
…私は、沈んだ気持ちのまま、家へと向かった。歩いているだけでも涙が溢れて来ちゃいそうで、顔も上げられない。そうして私は、俯いたまま歩いていた… …あと少しでマンションの入口という所で、正面から誰かが走ってきた。私は、顔を伏せたままマンションに入ろうとした…
「理奈さん。」
「…えっ?…」
突然、正面から声を掛けられた。驚いて顔を上げると、そこには秀行さんがいた。正面から走って来たのって、秀行さんだったんだ… …でも、どうして?…
「…秀行さん?… …学校から急いで帰ったって聞いたのに…」
「俺、どうしても理奈さんに話したい事があって…」
「…話したい事?…」
…まさか… …ううん。きっと、お別れの言葉…
「ちょっと人前では… 出来れば、理奈さんの部屋で…」
「…はい… …付いて来てください…」
そうして、私は秀行さんとふたりで歩き始めた…
・第四章 和解
私は、秀行さんと一緒ににエレベーターに乗って、私の家へと向かった。その間、秀行さんは一言も喋らなかった。私も、ずっと俯いたままだった…
「…こ、ここです…」
そうしているうちに、私の家の前に着いてしまった。私は鞄から財布を取り出して、そこに付いている鍵で玄関を開けた。
「…お、おじゃまします…」
「…あっ、今、私達しかいませんから…」
「…えっ? そ、そうなんだ…」
家の中には、私達しかいない。誰もいない家に恋人とふたりっきり。秀行さんの家と私の家という違いはあるけれども、昨日と全く同じ状況。でも、これから待ち受けているのは、昨日よりも辛い事… 私と秀行さんは、並んで家の中に入った。
「…そこのドアが、私の部屋です。お茶を入れますので、中で待っていて下さい…」
「…うん…」
秀行さんは、私の部屋に入っていった。それを見届けてから、私はお茶を入れるために、台所に立った。 …私、やっぱり引き延ばそうとしている… …秀行さんからのお別れの言葉、聞きたくない…
「…」
もっと時間が欲しかったけれど、お茶の準備はあっという間に終わってしまった。私は、出来るだけゆっくりと、部屋へと向かった。
「…秀行さん…」
秀行さんは、私の部屋の中を眺めていた。私は、部屋にある小さなテーブルに、対面するように湯呑みをいて、その片方に座った…
「…理奈さん…」
…えっ? 秀行さんは、置かれた湯呑みを無視して、私の隣に座った…
『…』
…そして、沈黙が流れた… …秀行さんは、言いにくそうにモジモジしていた… …この次の言葉を聞くのも辛いけれど、それ以上にこの沈黙が辛かった。その辛さに耐えきれず、堪えていた涙が溢れ、テーブルに落ちた。その音に、秀行さんが私の方を振り返った… …秀行さんが言いにくいのなら、私から…
「…お別れの言葉… …言いに来たんですか?…」
「…ごめん… …俺、理奈さんの気持ち、全然考えてなかった…」
秀行さんの答えは、私の予想とは違っていた。 …私の、気持ち?… そして秀行さんは、小さな紙袋に入った何かを私に渡した。私は受け取って、封を開けて…
「えっ!? …こ、これって…」
袋の中に入っていたのは、青い箱だった。そして、その箱には、はっきりと浣腸という文字が… …どういう事なの? …秀行さんが思っている『私の気持ち』と、この浣腸って、どういう意味があるの?
「俺… やっぱり、理奈さんの事、嫌いになれない… だから、理奈さんの事を信じたくて、自分でもそれを買うのを体験してみたんだ…」
「ええっ!?」
こ、この紙袋って、駅前の大きな薬局の… …私が、どうしても浣腸を買いに行けなかったお店の…
「薬局に入って、いざ買おうと思うと、胃腸薬の棚の前に立つだけでも恥ずかしかった。店の中を何往復もして、辺りに人がいなくなった時に慌ててひとつ取ってレジに向かったんだ。でも、レジには3人も会計待ちの人が並んでいたんだ。今更棚に戻すわけにもいかなくて、なるべく人から見えないように持って並んでいたんだ。それだけでも、すごく恥ずかしかった… あとひとりで俺の番になる時に、レジの係の人が替わったんだ。中年の男の人から若い女の人に… 更に恥ずかしくなって、顔が赤くなっちゃったんだけど、そのまま会計を済ませるしかなかった。係の人は普通に応対してくれたんだけど、これを買ってどう思われているのかなって思うだけで尚更恥ずかしくなって… それで、会計が終わると同時に、走って薬局を飛び出しちゃったんだ…」
…あのお店で、そんな思いまでして、私の事を…
「あんなに恥ずかしい事とは思っていなかった。男の俺でもあんなに恥ずかしいのに、女の子ならもっと恥ずかしいよね… 隠したくなって、当然だよね…」
「そ、それだけじゃないんです… あ、あの… 周りに知っている人がいるかもしれないですから…」
「えっ? 知っている人?」
「はい… あの薬局は学校と駅の近くですから、同じ学校の人もいたのかもしれない… それに、私の家からも近いから、近所の人とか…」
私がそう言うと、秀行さんの顔色は真っ青になってしまった…
「…秀行さん?…」
「…その可能性、全く考えてなかった… …こんなにも恥ずかしくて、怖いなんて…」
…そうか。秀行さんにとっては、近所の人は関係無いかも知れないけれど、同じ学校の人がいた可能性はあるんだ… …そして、その人が知り合いである可能性も、その事を誰かに言っちゃう可能性も… …でも…
「大丈夫ですから…」
「…理奈さん?」
私は、そっと秀行さんを抱き締めた… …確かに、あの薬局で浣腸を買う事は恥ずかしくて、そして怖い。でも…
「多分、大丈夫ですから… 買う方は気にして恥ずかしいけれど、周りの人は意外と気にしていないと思いますから…」
あの薬局は、食糧品や日用品も置いてあって、しかもかなり安いから、私もよく行っている。でも、その時に他のお客さんが何を買っているかなんて事は、いちいち気にもしていない。だから、私が何を買うかなんて事も、他のお客さんは気にしていないと思う。それでも、恥ずかしい事に変わりは無いけれど…
「…うん… …ありがとう…」
そして、秀行さんはそのまま私を抱き締めた。一瞬、体がピクッて震えちゃったけれども、私はそのまま秀行さんに体を預けた…
「…ごめんね。嫉妬深くて、デリカシーも無くて、そのうえ短慮で… …こんな俺でも、恋人でいてくれるかな?…」
「…はい… …ずっと、恋人でいて欲しいです…」
秀行さんのその囁きに、私も囁き返した。 …よかった。私の事を好きでいてくれて… …秀行さんと、終わりにならなくて… 安心したせいか、再び涙が零れて秀行さんの首筋に落ちた。同時に、私の首筋にも、温かい水滴が… …秀行さんも、泣いている?…
「…あの、理奈さんの事を疑っている訳じゃ無いけれど、少し教えて欲しいんだ…」
「…はい?…」
「…あの薬局で、手紙を渡していたよね? あれって…」
「前に、友達からお腹の痛くならない下剤を貰った事があったんです… それで、その時に一緒に貰った、お薬の名前とかが書いてあるメモを神城さんに見て貰ったんです…」
「それと、その後、その… …キス… …していたよね?…」
「えっ? …ああ、あれは違うんです。お店から出ようとした時に、顔が真っ赤になっちゃっていて、それを神城さんが治してくれたんです。急に顔を近付けて来て、にらめっこみたいに急に顔を崩して… それで大笑いしちゃったら、不思議と顔色が元に戻ったんです…」
そうか… 秀行さんは、私が神城さんにラブレターを渡して、キスしていたって勘違いしちゃっていたんだ… だから、あんなに怒って… …でも、もしも立場が逆で、秀行さんが私じゃない女の子にラブレターを渡していたり、キスしている場面を目撃してしまったら、私も平気じゃあいられない… …それだけ深く、私の事を愛してくれているなんて… 私は、涙を拭いてから、秀行さんから身を離した。そして…
「…だから、これが初めてなんです…」
「…これが?… …んっ!?…」
私は、そっと秀行さんの唇に、私の唇を重ねた… …私の大切なファースト・キス。秀行さんにだったら… …ううん、秀行さんに貰って欲しいから…
「…もう、苦しまないでくださいね。私は大丈夫ですから… …秀行さんは、ちゃんと分かってくれましたから…」
「…ありがとう、理奈さん。俺も、もう大丈夫だから… …それと、俺も今のが初めてだったから…」
「えっ? …んっ…」
そう言って、今度は秀行さんから唇を重ねてきた… …秀行さんも、初めてだったんだ… …ファースト・キス、交換しちゃった… …しばらくしてから、秀行さんの唇が離れた。私は、嬉しさと恥ずかしさで、真っ赤になってしまった。そして、秀行さんの胸に私の顔を埋めた。秀行さんは私を優しく抱きしめ、背中を撫でてくれた…
「…昨日、使った?」
「…えっ!?」
秀行さんは、私の背中を撫でながら、そう聞いてきた。使ったって、その… …浣腸の事よね?…
「…ううん… …あのまま、泣きながら眠っちゃいましたから…」
私は、小さな声でそう答えた。とっても恥ずかしいけれど、秀行さんは興味本位で聞いているんじゃなくて、私の事を心配して聞いてくれているように思えたから…
「じゃあ、まだお腹、治ってないの?」
「はい、今も苦しいんです… …でも、後で治しますから、心配しないでくださいね?…」
「…俺が、してあげるよ。」
「…秀行さん?」
その言葉に、私は思わず顔を上げていた。 …どういう事? してあげるって… …ま、まさか、私に浣腸を?…
「…理奈さんが浣腸で感じて気持ち良くなれるんだったら、俺もそういう事を好きになっていきたいと思うんだ…」
「…えっ?…」
「いきなり全部は無理だと思うけれど、出来る限りの事はしたいから…」
「…あ、あの… …出来るだけの事、って?…」
「とりあえず今は、浣腸してあげたり、最後まで見ている位までなら… お尻の穴に指を入れたり、舐めたり、後始末とかは、そのうちに出来るように頑張るから…」
…や、やっぱり、昨日私が『気持ちいい』って言った事、勘違いしてる… …私が浣腸で感じちゃうって、思っちゃってるんだ… その言葉に、私は真っ赤になって俯いた。そして…
ペチッ
「…えっ?」
「…おっちょこちょい… …また、勘違いしてる…」
私は、秀行さんの頬を軽く叩いていた。そして、そのまま手を離さずに呟いた…
「…理奈さん?…」
「下剤って、効いてきてから結構長い間お腹の調子が悪いままなんです。浣腸は凄くお腹が痛くなるんですけど、すぐに全部出て、お腹の調子も下剤よりも早く落ち着きますから… それで『気持ちいい』って言っただけなのに… だから、浣腸で感じちゃってる訳じゃないのに…」
「そ、そうなんだ… 俺は、そこまで考えちゃって、すごく悩んでいたのに…」
秀行さんは、済まなそうにそう言った。でも、良かった。ちゃんと分かってくれて。でも… …そこまで考えちゃっても、私の事好きでいてくれるなんて… 私は、さっきみたいに、秀行さんの胸に顔を埋めた。そして…
「…ねえ、秀行さん… …女の子に浣腸するのって、興味ありますか?…」
「…うん、理奈さんにだったら、してみた… …あっ!? ご、ごめん。こんな事言うつもりじゃあ…」
私の質問に、秀行さんは答えかけて、慌てて謝った。 …やっぱり、興味あるんだ… …でも、私も秀行さんになら… …こんな事を言うのは、すごく恥ずかしいけれど…
「…私の事をそこまで想っていてくれていて、私にしてみたいんでしたら… …その… …秀行さんに、して欲しいです…」
「えっ!?」
「は、早とちりしないでくださいね… 秀行さんだから、お願い出来るんです… 他の男の人には、絶対にこんな事お願い出来ませんから… …それに、本当は、自分でするのは怖いんです…」
「…うん… …俺で良かったら、その… …してあげるから…」
「…で、でも、するだけですからね… …その後は、絶対に見ないでくださいね…」
「…うん…」
・第五章 治療
そして、私は秀行さんからそっと離れた。
「そ、それじゃあ、お薬を持って来ますから…」
「あっ、いいよ。せっかく買って来たんだから、これを使おうよ。」
秀行さんは、さっきの紙袋の中から箱を取り出しながら、そう言った。
「そ、そうですね… …えっ?…」
「どうしたの?」
「…そ、そんなにいっぱい…」
秀行さんが買って来てくれた箱は、私が昨日買った箱の2倍位の大きさだった。昨日のが5個入りだったから、これは多分、神城さんが勧めてくれた10個入り… …秀行さんは、私が浣腸で感じちゃうって勘違いしていたから、1度に何個も入れちゃうつもりで、そんなにいっぱい買って来たの?…
「…ご、ごめん… …恥ずかしかったから、よく見ないで買ったんだけど… …これで良かったんだよね?…」
「…は、はい… …1回に使うのは1個だけなんですけど…」
私は、小さな声でそう答えた。恥ずかしかったけれど、何となく念を押しておきたかったから…
「そ、その… …他の道具、持って来ますから…」
「他の道具?」
「ト、トイレットペーパーと、油を… …お尻に入れる時、油を塗っておかないと、スムーズに入らなくて痛いんです…」
そして私は、立ち上がって部屋から出た。そして、トイレから新しいトイレットペーパーをひとつ、台所からオリーブオイルの瓶を持って、再び部屋に戻った。
「…あっ…」
秀行さんは、さっきの箱を開けて、中身をひとつ手に取って見つめていた。 …あれを、これから秀行さんに… …その時に、その、少なくともお尻の穴を見られちゃう… あまりの恥ずかしさに、私の顔は再び真っ赤になってしまっていた…
「…え、ええっと… …ここをお尻の穴に入れて、潰して入れればいいんだよね?…」
「…は、はい… …でも、入れる前に、入れる部分とお尻の穴に、油を塗って下さい…」
そして、私は秀行さんに近付いて、オリーブオイルの瓶とトイレットペーパーを床に置いた。
「…そ、それじゃあ、始めようか。でも、恥ずかしかったら、無理にしなくても、やめてもいいんだよ? 今なら、まだ…」
「…いいえ、秀行さんにして欲しいです。私は大丈夫ですから… …もしも、秀行さんが嫌だったら、無理にはお願い出来ませんけれど…」
「…俺は大丈夫だよ。理奈さんが大丈夫だったら、してあげたいから…」
…秀行さんの言葉をを聞いて、私も覚悟を決めた。それでも、まだ恥ずかしいから、顔は完全に上げる事が出来なかった。私は、秀行さんに背中を向けて、ゆっくりとスカートを脱いで椅子に掛けた。 …秀行さんの視線を、痛いほどに感じる。でも、ここで止まっても、恥ずかしい時間が長引くだけ… 私は、ストッキングも同じように脱いで、椅子に掛けて…
「理奈さんって、けっこう可愛いのが好きだったんだ。」
「…えっ?…」
突然、秀行さんが声を掛けてきた。 …可愛いのが好き? それって、どういう事?
「いや、この部屋とか、そのパンティとか…」
「…えっ?… キャアッ!?」
…パンティ? 私は首を巡らせてお尻を見ると、そこには黄色いイラストが! 私は悲鳴を上げて、両手でお尻を隠した。 …こ、これって、ヒヨコちゃんのバックプリント!? 確かに可愛いからお気に入りなんだけれど、子供っぽくて恥ずかしいから、梓や真奈ちゃんにもにも見せていないのに、それを秀行さんに… …そうか、今朝はまだ気が動転していて、適当に選んじゃったから…
「理奈さんがこういう可愛い物が好きだって、この部屋に来て初めて知ったよ。」
「…あの、秀行さんが考えていた私のイメージと、違いますか?…」
私は不安になって、そう聞き返していた。やっと誤解が解けたのに、また秀行さんに嫌われちゃったら、私…
「確かに、ちょっと違うかな? 理奈さんは、もっと大人っぽいのが好きだと思っていたけど…」
…そんな… …でも、それだったら…
「…こういう子供っぽいの、嫌ですか?… …だったら私、秀行さんのお好みに合わせて…」
「そうじゃ無いよ。理奈さんは理奈さんのままで良いんだよ。俺の知らなかった理奈さんを知る事が出来て、嬉しいんだ。」
「…秀行さん…」
私は、後ろから優しく抱き締められていた。 …嬉しい。ありのままの私を好きでいてくれて…
「俺の知らない理奈さんの事を、もっと知りたい。そして、理奈さんの知らない俺の事も、もっと知って貰いたいんだ。」
「はい… 私も、秀行さんがこんなにおっちょこちょいでヤキモチ焼きだなんて、初めて知りました…」
「うっ…」
私は、抱き締めてくれている秀行さんの手の上に、私の手をそっと重ねた…
「…でも、おっちょこちょいの所は少し可愛いですし、ヤキモチは私の事をそれだけ愛してくれているって思えて、少し嬉しいんです…」
「…理奈さん…」
「…でも、私の事をあんまり困らせないでくださいね? さっきまでは本当に悲しかったんですから… …私の事、もっと信じて欲しいです…」
「…うん…」
秀行さんの返事は、短かったけれど、とても優しく感じられた。 …もう、大丈夫なんですよね? さっきみたいな悲しさを、もう味あわなくても良いって、信じて良いんですよね?…
「…あ、あの… …続き、お願いします…」
「…あ、うん…」
…そのまま抱き締めていて欲しかったけれど、ずっとこのままでは… 秀行さんは、私からそっと手を離した。私は、秀行さんの目の前で四つん這いになった。 …は、恥ずかしい… …でも、これから先は、もっと恥ずかしい目に… …お尻を見られるのはしょうがないけれど、それより前は… 私は、大事な所を手で隠そうと、右手を床から浮かせて…
「きゃっ!?」
「どうしたの? 大丈夫?」
右手を浮かせた拍子に、バランスを崩して倒れそうになってしまった。
「…ご、ごめんなさい… …その… …全部見られるのは恥ずかしいですから、お尻より前を手で押さえていようと思って…」
やっぱり、四つん這いで片手を放すのは、ちょっと危ないかも… 無理して片手を放して、入っている途中に転んじゃったら、多分すごく危ないだろうし… でも、秀行さんに全部見られちゃうのも…
「…そうだ。理奈さん、上半身をベッドの上に乗っけちゃってよ。そうすればバランスも悪くないし、手も疲れないと思うから。」
「…は、はい…」
私は、上半身だけをベッドに乗せて、四つん這いに近い形になった。それから、大事な所を両手でしっかりと押さえた。秀行さんの言う通り、バランスも悪くないし、手も疲れない。 …男の子って、やっぱり見たいのよね? でも、それよりも私の事を心配して、想ってくれている。その事が、とっても嬉しかった…
「…その… …やっぱり、恥ずかしいよね?…」
「…は、はい。今はまだ…」
「あ… じゅ、準備するから、少し待っててね。」
「は、はい…」
そして、秀行さんが後ろでゴソゴソと動き始めた。
「そ、それじゃあ、お尻の穴に油を塗るから、その… …パンティ、下ろすよ?…」
「は、はい…」
私が返事をすると、秀行さんの手が私のパンティの縁に掛かった。その瞬間、私はビクッて震えてしまった。そして、その手が下に下りていく。お尻が空気に晒されるひんやりとした感覚が徐々に下がっていき、お尻の穴の所にまで達した。そして、そこで秀行さんの手が止まった。そして、しばらくそのまま…
「…あ、あの… …あんまり見ないで下さい…」
「あ、ごめん…」
あまりの恥ずかしさにそう言うと、秀行さんは謝った。 …やっぱり、じっと見ていたんだ…
「…それじゃあ、塗るよ?…」
「…は、はい… ひっ! うぁっ! うぅっ…」
その声に私が返事をすると、秀行さんの指が私のお尻に触れた。そして、お尻を開いて、油で濡れたトイレットペーパーをお尻の穴に当てた。それから、ペーパーに当てられた指が、お尻の穴をマッサージするかのように動きだした… …は、恥ずかしすぎる…
「くうぅっ… …も、もういいですからっ… うぁっ…」
「ご、ごめんっ!」
私がそう言うと、秀行さんは慌てて手を離してくれた。秀行さんは、お尻の穴に丁寧に塗り込もうとしてくれたのかな? サッと塗ってくれるだけで良かったのに…
「…そ、それじゃあ、もうちょっと待っててね?…」
「あ、あの… …キャップを取った後で力を入れて持つと、お薬が零れちゃいますから、気をつけて下さい…」
「あ、うん… じゅ、準備できたよ… …それじゃあ、入れるよ?…」
「…は、はい… …お願いします… ひっ! ひゃっ! うぅっ…」
私が返事をすると、またお尻の穴が開かれた。そして、そのまん中に、固くて細くて冷たい物が… そう思った瞬間に、それは私の中へとゆっくりと入って来た。何回か味わった気持ち悪さが私を襲う…
「痛くない? 大丈夫?」
「は、はい。大丈夫です… …痛くは無いんですけど、凄く気持ち悪くて…」
「…それじゃあ、潰すね?」
「…は、はい… くぁぁ…」
途端に、私のお尻の中に、冷たいお薬が押し寄せてきた。そしてすぐに、その冷たさは熱さへと変わっていく。そして、少しずつお腹も痛くなってきた…
「大丈夫? 痛くない?」
「は、はい。まだ大丈夫です… くうぅっ…」
「いい? 抜くよ?」
「はい… ふぁぁっ!」
そしてそれは、私のお尻からゆっくりと引き抜かれた。正直、この時の感触は、入れる時よりも気持ち悪くて苦しい。お薬が出ちゃわない様にお尻の穴を締めているせいか、容器の動きをしっかりと感じちゃうから…
「入れる時と抜く時って、どっちが気持ち悪いの?」
「ど、どっちも気持ち悪いです… ただ、抜く時の方が、少し辛いです… 我慢してお尻を締めているせいと、力が抜けちゃいそうになっちゃうので…」
「そうなんだ… てっきり、入れる時の方が辛いと思っていたけど…」
「…あ、あの… お薬、ちゃんと全部入りましたか?…」
「えっと… …少し、残っちゃってるよ。」
「…だ、だったら、もう一度それを入れて下さい… …少し、効き始めちゃっているから、急いでお願いします…」
「あ、うん… それじゃあ、入れるね?」
「はい… ひぁっ! うくっ! …秀行さん?」
そして、秀行さんは再び私のお尻を開いて、ゆっくりと差し込んできた。けれども、お薬は入ってこなかった。 …何で?…
「このままだと、角度が悪くて薬が入らないんだ。恥ずかしいとは思うけど、その… …お尻、もっと高くしてくれないかな?…」
「えっ!?」
お尻を高く、って… …そんな格好、恥ずかしすぎる… そんな格好をするという事を想像しただけで、更に顔が真っ赤になっていっちゃうのが分かる。 …でも、秀行さんになら、そんな格好を見られても…
「…は、はい… …んんっ…」
私は、意を決してお尻を持ち上げた。 …や、やっぱり、恥ずかしすぎる…
「よし… …潰すよ?」
「はい… うぅっ…」
お尻が上がった途端に、秀行さんはそう言って、お薬を入れてくれた。 …私に、恥ずかしい格好を長い間させないために、急いでくれたの?…
「今度は全部入ったよ。それじゃあ、抜くからね?」
「はい… うぁっ!」
再び、お尻から容器が抜ける気持ち悪さが襲ってきた。あまりの気持ち悪さにお少し出ちゃいそうになっちゃったけれど、何とか我慢出来た。それから私は膝を下ろし、秀行さんからお尻を隠すように、慌ててパンティを元の位置に戻した。それと同時に、かなり強烈な痛みがお腹を襲ってきた…
「うぅっ… …秀行さん、トイレットペーパーを取って下さい…」
「えっ? あ、うん。」
私がそう言うと、秀行さんは慌ててトイレットペーパーを渡してくれた。私は急いで1回分くらいのペーパーを取って右手に持ち、お尻の方からパンティの中に入れて、お尻の穴を押さえた…
「…お尻、押さえてないと… …うぅっ… …漏れちゃいそうで…」
「…そんなに、苦しくなっちゃうんだ…」
「…は、はい… …お薬が入って来ると、とっても冷たいんですけど… …うぅっ… …すぐに、とっても熱くなって来るんです… …くうっ… そして、下痢の時よりも、凄くお腹が痛くなって来て… …くぁっ… …そ、そして、我慢出来ない位出ちゃいそうに… …くぅっ…」
「大丈夫? 苦しいんだったら、トイレに行こうよ。」
秀行さんに説明している最中も、お腹の痛みは増してきた。それを察してか、秀行さんはそう言ってくれた。でも…
「で、でも… …うぁっ… …出来るだけ我慢しないと、お薬だけ出ちゃって、肝心なのはほとんど… …くぁっ…」
「でも、ここで限界まで我慢すると、動けなくなっちゃうかもよ? 取りあえず、トイレに行って、そこで我慢しようよ?」
「…は、はい… …うぅっ…」
考えてみればその通りだった。わざわざトイレから遠い部屋で浣腸して、そこでそのまま待っている理由なんて無いんだった… 喋っているうちに、お腹の痛みは少し弱くなっていた。だったら、次の波が来る前にトイレの近くに… 私がゆっくりと立ち上がると、すぐに秀行さんが肩を貸してくれた。そしてそのまま、ふたりでゆっくりとトイレへと歩いていった。本当は急いで行きたいけれど、これ以上急ぐと我慢出来なくなっちゃいそうで… 秀行さんもそれを感じているのか、私の歩調に合わせてゆっくりと歩いてくれていた。
「…便秘の治療なんて簡単だって、薬ですぐに治るなんて、勝手に思ってた… …下剤を飲むにしろ、浣腸するにしろ、怖さと苦しさと恥ずかしさとの闘いだったんだね…」
…秀行さんが、ポツリと呟いた…
長いような短いような時間が過ぎ、私達はトイレの前へと辿り着いた。
「あ…」
お腹の痛みは、もう限界近くに達していた。ちょっとでも気を抜いたら、漏れちゃいそうな位に… 秀行さんの言う通り、早めにトイレに向かって良かった。もし、あのままもうちょっと我慢していたら… …でも、やっとトイレに着いた…
「まだだよ、理奈さん。」
「うぁっ!?」
突然掛けられた秀行さんの声に、私は驚いて声を上げていた。秀行さんはトイレのドアを開け、私に肩を貸したまま一緒にトイレの中に入った。 …何で? …何で一緒にトイレに入って来るの!? …この後は見ないって、言ってくれていたのに…
「…ひ、秀行さん?… …うぁっ…」
秀行さんはそのまま便器の前まで行き、蓋を上げた。そして私を便器の前に立たせ、便器に背を向けさせた。
「理奈さん、その… …パンティ下ろして、腰を下ろすまでの余裕はある?…」
「…は、はい… …くぅっ… …ひ、秀行さん、お願いですから、この後は見ないで…」
「大丈夫、この後は見ないから。 …それじゃあ、部屋で待っているから…」
泣きそうな声で言った私に、秀行さんは優しく微笑んでから、慌ててトイレから出て、後ろ手でドアを閉めた。それから、駆け出して行く足音が…
「…あ… …うぁっ…」
私は、お腹の痛みに耐えながら片手でパンティを下ろして、そのまま腰を下ろして、お尻から手を離した。 …そっか。すぐに便座に座れるように、この向きで…
「う、うあっ! くぅぅっ…」
安心した瞬間に、我慢の限界が訪れた。私のお尻から、液体と塊と空気が、大きな音を立てながら、勢い良く出ていった。
「…うぅっ… …んんっ… …くぁっ…」
…やっぱり、ちゃんと出たのに、まだお腹痛い… 私は、お腹の中から全てを追い出すために、更にお腹に力を入れた。
「…うあぁっ… …くぅっ…」
しばらくそうしていると、再び大きな塊と空気が出て、その後で水みたいなのが一杯出ていった。そして、お腹の痛みも消えていった…
「…あ…」
…そういえば私、出してる時に水を流していなかった… …ひょっとして、私の恥ずかしい音、全部秀行さんに聞こえちゃった?… その事に思い当たって、私の顔は再び真っ赤になってしまっていた。 …でも、秀行さんは今、私の部屋にいるのよね?… …私の部屋だったら、あの音は多分届かないから、きっと大丈夫… 私はそう思い直して、お尻を拭いて、水を流した。
「理奈さん、ちょっと待って。」
突然、秀行さんの声が聞こえた。 …えっ!? トイレの前にいるの!?
「ひ、秀行さん!? まさか、ずっとそこにいたんですか!?」
私は、驚きのあまり、大声で聞き返していた。 …ど、どうしよう… …まさか、全部聞かれて…
「いや、今来た所だよ。」
秀行さんは、そう答えてくれた。良かった、恥ずかしい音を聞かれていなくて… …でも、それだったら、どうしてここに来たの?…
「部屋にスカートが置きっぱなしだったから、持って来たんだ。ここに置いておくからね。」
「あ、ありがとうございます…」
私が返事をすると、遠離っていく足音が聞こえた。 …スカート? そういえば、スカートとストッキングを脱いでから秀行さんにしてもらって、そのままトイレに来ちゃっていたんだ… そっとトイレのドアを開けると、秀行さんの姿は既に無く、洗濯機の上にスカートとストッキングが置いてあった。秀行さんがこれを持ってきてくれなかったら、私はまたパンティ一枚の恥ずかしい格好で秀行さんの前に… …ちゃんと、そういう事を考えていてくれてたんだ… …ありがとう、秀行さん… そして私は服装を整えてから、秀行さんの待っている部屋へと戻った…
部屋に戻ると、秀行さんが心配そうな顔で迎えてくれた。私はまた真っ赤になって、俯いてしまった…
「どう? 楽になった?」
私は秀行さんに駆け寄って、秀行さんの胸に顔を埋めた。あまりの恥ずかしさに、体が震える… …秀行さんは、そんな私の背中に手を回し、優しく抱き締めてくれた…
「はい… …でも、とっても恥ずかしかったです…」
不思議… 秀行さんに抱き締めてもらうと、体の震えが治まっていった。恥ずかしいのには変わりは無いけれど、不快な恥ずかしさじゃ無くなっていくのが分かる…
「…嫌、だった?… …だったら、ごめん…」
「ううん、謝らないでください。頼んだのは私なんですから… とっても恥ずかしかったけれど、少し嬉しいんです… あんな風に思っちゃっていても、それでも私の事を好きでいてくれるなんて… …でも、トイレの中にまで一緒に来ちゃうなんて…」
「…保育園の頃、友達がトイレを我慢して、ギリギリになってから走って行った事があったんだ。そして、トイレに辿り着いた途端に気が緩んで… …さっきの理奈さん、その時の友達に似ていたから、ここで安心させたらまずいなって思って… …その、ごめん…」
…そっか、さっきトイレの中にまで入って来たのって、私の恥ずかしい姿を見る為じゃなくて、私に更に恥ずかしい思いをさせないための気遣いだったんだ…
「…いいえ、私の方こそごめんなさい…」
「…理奈さん? 何で謝るの?」
「何でって… …だって、あんな汚い事を…」
「大丈夫。汚いなんて思っていないから… …いや、むしろ嬉しいよ。」
「…えっ?…」
「こんな恥ずかしい事まで俺に任せてくれる位、俺の事を信頼してくれている事。それと、理奈さんが楽になってくれた事もね。」
その言葉に、私は秀行さんの胸から顔を上げた。まだ真っ赤なになったままだったけれど、嬉しさに顔が自然に綻んでいく… そして、私はそっと目を閉じた…
『…んっ…』
唇に感じる、3度目の温かくて柔らかい感触… しばらくして、私達は唇を離した。
「理奈さん。その… …また便秘になったら、俺に治療させて欲しい…」
「…えっ?…」
また便秘の治療をさせて欲しいって、その… …やっぱり、浣腸の事よね?…
「…その、理奈さんの事、心配だから… …怖くてひとりで出来ないんだったら、また俺が…」
「…秀行さん…」
「…あっ、恥ずかしくて嫌だったら、無理には…」
「…いいえ、とっても恥ずかしいけれど、秀行さんだったら嫌じゃないです… …次も、お願いします…」
私も、秀行さんにだったら… 秀行さんが、そこまで私の事を想ってくれているんだったら、秀行さんにしてもらいたい… 私は、再び秀行さんの胸に顔を埋めた。秀行さんは、私の背中を優しく撫で続けていてくれた…
・終章
翌日。
私が学校に行こうとすると、玄関のチャイムが鳴った。
「は〜い… …あれ?」
玄関を開けると、そこには梓と、そして真奈ちゃんがいた。梓は下の階だから、普段は私が迎えに行っている。そして真奈ちゃんとは学校に行く途中のどこかで会う事が多い。でも、わざわざ迎えに来てくれるなんて…
「梓? それに真奈ちゃん?」
「…その… …やっぱり、みずりーの事が心配で…」
真奈ちゃんは、心配そうにそう言った。梓も、心配そうに私の事を見ている。私は思わずふたりに抱き付いた…
「うん… …ごめんね、心配掛けて… …もう、大丈夫だから… …秀行さんとも、ちゃんと誤解も解けて、仲直り出来たから…」
「…んにゅ、よかった…」
「…良かったね、リナ…」
梓と真奈ちゃんは、そんな私を抱き返してくれた… ふたりに心配を掛けた申し訳無さ、ふたりの優しさの有り難さに、私の目に涙が滲む。 …ありがとう、梓、真奈ちゃん… …私はもう大丈夫だから、いつも通りの私に戻れるから…
マンションを出る頃には、私はいつもの私に戻っていた。真奈ちゃんも、いつもの笑顔で嬉しそうに歩いていた。けれど梓はどこかムスッとしていた…
「…梓、ひょっとして、怒ってるの?」
「怒ってる。」
「…ごめんなさい。心配かけて…」
「違うよ、リナが悪いんじゃないよ。アタシが怒ってるのは…」
その言葉の途中で、私達はマンションの入口を出た。すると、秀行さんがこっちにやって来るのが見えた。秀行さんも、私の事を心配して迎えに来てくれたの…? 私が駆け寄ろうとするのと同時に、秀行さんも駆け寄ろうとした。しかし、それより早く、梓が秀行さんに駆け寄っていった。 …梓? 梓は、秀行さんの前で立ち止まって、秀行さんを見上げ…
「えっ…?」
「梓!?」
「アズみん!?」
梓は突然腕を振り上げ、秀行さんの頬を平手で叩こうとした。風を切る音がここまで届き… 頬を叩く音は聞こえなかった。どうやら、寸止めしてくれたみたい…
「二度とリナを悲しませるな! 次は承知しないぞ!」
秀行さんに向かって、梓がそう言うのが耳に届く。梓… そこまで私の事を心配して…
「ああ、もう絶対に迷わない。理奈さんの事を信じてるから。」
「…ひ、秀行さん…」
あまりの嬉しさに、私の顔は真っ赤になって、目に再び涙が滲んだ。昨日の事で分かっていた筈だけど、言葉で表してもらうと、その何倍も嬉しかったから…
「…あ〜、もう!」
「えっ!?」
「ちょ、ちょっと梓!?」
梓は突然秀行さんの後ろに回り込み、背中をグイグイ押して私の所まで来た。それから、私の背中もグイグイ押してきた。そして私達は、背中を押されながらふたりで並んで歩いていた…
「ほら、いつまでも見つめ合ってないで、とっとと行く! 遅刻するぞ!」
苦笑まじりのその言葉に、私と秀行さんは見つめ合った。そしてふたりで微笑んで、並んで歩き出す。梓の手が離れても、そのまま一緒に…
「…アズみん、さっき怒ってたのって…」
「…うん。リナにじゃなくて、倉田君の事… …でも、もう大丈夫だよね?…」
「…にゅ、きっと大丈夫だよ…」
後ろで、ふたりが小声で話しているのが聞こえる。 …ありがとう、梓、真奈ちゃん。もう大丈夫だから… …そして秀行さん、本当にありがとう…
−終−
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