SPACE銀河 Library

作:水薙紫紋

即 効 薬

即効薬 第7話 心的外傷 Side-B


・序章
「いらっしゃいま… おお、来たか、青氏。」
「どうしたんだよ神城、突然呼び出して?」
「それは… おーい、こっち来ていいよー。」
「…は、はい…」
「この人が、青氏に話したい事があるんだって。」
「…わ、私、高山志乃と言います… …青鷺高校の1年生です…」
「…えっ? ええっと、俺は青木雅人です。滝城高校の2年生です。」
「…そ、その… …あの…」
「?」
「…言いにくいなら、僕から言ってあげようか?」
「…い、いえ… …自分で言わせて下さい…」
「…えーと、何かな?」
「…と、突然すみません… …先月、ここであなたとお会いしてから、あなたの事が、ずっと気になっていました…」
「…えっ?」
「…お、お願いします… …私と、付き合ってください…」
「え、え、え… ええーっ!?」
「…だ、駄目でしょうか?… …私なんかじゃ…」
「と、とと、とんでもない! 喜んでお付き合いさせて頂きます!」
「あ、ありがとうございます!」
『…』
『…』
『…』
『…』
「…とりあえず、そこでふたりで黙っててもどうにもならないし、喫茶店にでも行って来たら?」
「そ、そうだな… …それじゃあ、行こうか?」
「は、はい…」

 私は高山志乃(たかやま しの)。青木さんとは違う高校に通っていて、現在1年生。先月、この薬局で見かけた男の子…青木さん…に、一目惚れしちゃって… …どうしても想いを伝えたくて、その時親しそうに話していた店員の男の子に聞いてみたんだけど、その男の子の事は何も教えてくれなかった… …けれど、事情を話したら、突然その場で電話して呼び出してくれて… あまりに突然だったけれど、勇気を出して告白したら、信じられないくらい簡単にOKしてもらえた。これで、私もやっと恋が出来るんだ。 …そう、今度こそ…


・第一章 出会い
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」
「え、ええっと、ブレンドを…」
「わ、私は、オレンジジュースを…」
「はい、ブレンドコーヒーとオレンジジュースですね。かしこまりました。少々お待ちください。」
『…』
『…』
 …結局、喫茶店に来ても、何も変わらなかった。緊張して、恥ずかしくて、顔が真っ赤になって、青木さんの顔を見る事が出来ないし、お話しする事も出来ない。青木さんも恥ずかしいのか、何も話しかけてくれない。何か、何か話さないと…
「ええと、高山さん…」
「はっ、はいっ!! …あっ…」
 突然、青木さんが話しかけてきた。心の準備が何も出来ていなかったので、店中に響き渡るような大声で返事をしちゃった… 慌てて周りを見てみると、さっきのウェイトレスさんが笑っていた。ちょうどさっきの注文の品が出来て、持って来ようとしてたみたい。あとは… …良かった、ちょうどほかのお客さんがいなくて…
「はい、ブレンドコーヒーとオレンジジュースになります。それでは、ごゆっくりどうぞ。」
 ウェイトレスさんは、さっきの注文の品を置いて、戻っていった。一生懸命笑いをこらえているのが見ていて分かる。 …うう、恥ずかしい…
「…あー、ビックリした…」
「…ご、ごめんなさい…」
「…あははっ…」
「…えへへ…」
 自然に笑いがこみ上げてきた。不思議と、さっきまでの緊張や恥ずかしさは吹き飛んでいた。
「さっきの話だけど、1ヶ月前に神城の店で会ったって?」
「覚えて無くても仕方無いかもしれません。会ったというより、見かけたといった方が正しいですから… ちょうど1ヶ月前になりますけど、あの薬局で、神城さんにリップクリームの場所を聞いていましたよね? その時、レジで会計をしてもらっていたのが私です…」
「ああ、あの時の…」
 青木さんは、その時の事を思い出そうとしてか、天井を見つめた。私も、あの時の事を思い出す…

 …あれは、1ヶ月前の事だった…
「いらっしゃいませ。」
 …どうしよう、お店の人、私と同じくらいの歳の男の子だ… …でも、ここまで来たんだから、買っていかないと… 私は、目的の物を探して、店内をひととおり歩いて探してみた。けれど、それは見つからなかった。 …しょうがない、あの男の子に聞くしかないのかな…
「…あの、すみません…」
「はい? 何でしょうか?」
 男の子が、読んでいた雑誌から顔を上げて、聞き返してきた。
「…あの… …浣腸って、何処にありますか?…」
「少々お待ちください。 …はい、こちらになります。大人用30gでよろしいですか?」
 私が探していたものは、男の子の後ろの棚の中にあった。男の子がその棚から1箱取り出して、紙袋に入れてから私の前に置いた。周りからは見えないけれど、上から覗けば中身は確認出来る。
「…いえ、出来るだけ大きいのでお願いします…」
「それでしたら、40gのタイプが市販品では一番大きいタイプですね。中に2個入っていますので、そちらでよろしいでしょうか?」
「…あ、あの… …もっといっぱい入っているのって、無いですか?…」
 …いつもの事だけど、これを買うときは、とっても恥ずかしい… …だから、私は必ず一番いっぱい入っている物を買っている… …そうすれば、恥ずかしい思いをして買いに行く回数が減るから…
「あっ、はい… …そうですね、10個入りがありますけど…」
 男の子は、さっきの箱を棚に戻して、ひととおり棚を眺めてから、そう言った。
「…それでお願いします…」
 私の返事を聞いて、男の子は箱をひとつ取って、紙袋に入れて私の前に置いた。
「では、こちらで。それでは、924円になります」
 私は無言でお金を渡した。
「はい。では、1,000円お預かりします。76円のお返しに…」
「オーイ、カミシロ、いるか?」
「!?」
 やだ、他のお客さん? それも、男の人? 私は、つい後ろを振り返ってしまった。そこにいたのは、私と同じくらいの歳の男の子だった。その男の子と目があった瞬間、何故か私の心臓は跳ね上がった…
「あ、アオシ。今お客さんが来てるから、ちょっと待ってくれ。」
「いや、リップクリームって何処かなと思ってさ。」
「ああ、それならあそこに。」
「サンキュー。」
 店員の男の子…カミシロさん?…が店の隅の方を指差して、入って来た男の子…アオシさん?…がお礼を言ってそっちへ歩いていった。 …あれ? アオシさんの顔、何処かで見た事が?… …気が付くと、私はアオシさんの事をじっと見つめていた… …や、やだ、顔が火照って、胸のドキドキが止まらない… …だ、駄目よ。じっと見つめたら、失礼よね…
「…あ、あの…」
「…あっ! すみません。76円のお返しになります。お待たせして申し訳ありませんでした。」
 私が視線を戻すと、カミシロさんもアオシさんの方を見ていた。私が声を掛けると、カミシロさんは慌てて袋に封をして、お釣りと一緒に渡してくれた。 …良かった、先に袋に入れてくれたから、アオシさんに中身はバレてないよね…
「ありがとうございました。お大事にどうぞ。」
 私は、急いで店から出た。後ろで、ふたりが話しているのを聞きながら…
「はい、これ頼む。」
「ああ。でも、リップクリームなんてどうするんだ?」
「唇に塗るに決まっているだろ。最近は空気が乾いて来て、唇が荒れやすいからな。」
「…お前、そういう趣味があったのか?…」
「…あのな、トランペッターにとって、唇は一番大切な場所なんだぞ? 気を使うに決まっているだろうが…」
 …まだ、胸のドキドキが止まらない… …男の人に、カミシロさんに浣腸を買った事がバレちゃったから? …ううん、他のお店でも、お店の人が男の人だった事はあるけれど、こんなにドキドキしなかった。 …それじゃあ、あのお客さんに、アオシさんに浣腸を買っているところを見られちゃったから? …ううん、見られていない。アオシさんがお店に入って来た時には、もう紙袋に入れられていたから、絶対にバレてなんかいない。 …でも、だったら何で? お店に入って、カミシロさんに聞いて、商品が出てきて、アオシさんが入って来て… …あっ、また… …アオシさんの事を考えた途端に、胸のドキドキが強くなって… …私、まさか、あのアオシさんに?…

「…そうか、思い出したよ。あの時の女の子か…」
「その時から、青木さんの事が… …でも、その時はアオシと言うお名前だと思ってしまって、変わったお名前だなと…」
「まあ、神城は青氏としか呼ばないから、そう思われても仕方無いか…」
「それで、今日…さっきですけれど、青木さんの事を教えてもらおうと、神城薬局へ行ったんです… …お名前と住所を教えてもらって、お手紙を書こうとしたんですけれど、そのまま神城さんが、青木さんに電話を掛けて、『これからすぐ来るからね』って…」

 …あれを買う時はとっても恥ずかしいから、わざわざ遠出して、お客さんが少ない小さな薬局を選んで、いつも違う店で買っている。そして、一度行った店には、半年以上は行かない。 …でも、今回は特別。私は、まだ薬が残っているのに、先月来た薬局…神城薬局…に、再び足を運んでいた…
「いらっしゃいませ。」
 先月とまったく同じように、カミシロさん…神城さん…が声を掛けてきた。私は、まっすぐカウンターへと向かった。目的の商品がそこにあるのが分かっていたから…
「…あの、浣腸をください… …40gの10個入りを…」
「はい、少々お待ちください。」
 神城さんは、すぐにそれを持ってきて、手早く袋に入れて、私の前に置いた。
「では、こちらで。それでは、924円になります。」
 袋の上から中身を確認して、私は無言でお金を渡した。
「はい。では、1,000円お預かりします。76円のお返しになります。ありがとうございました。」
 そう言いながら、袋に封をして、お釣りと一緒に渡してくれる。普段なら、このまま帰ればそれで終わり。でも、今日は…
「…あ、あの…」
「はい?」
「…先月、ここで今日と同じ買い物をしたんですけど…」
「もしかして、不良品とか入っていましたか?」
「…いいえ、そうではないんです… …あの…」
 …私の顔は、あっという間に火照って真っ赤になっていった… …恥ずかしいけれど、頑張って聞かないと…
「…あの… …その時ここに来ていたアオシさんについてなんですけど…」
 …あの後ずっと、アオシさんの事が頭から離れなくて… …あれが一目惚れだって事はすぐに分かった。けれど、何処に住んでいるのかさえ分からなかったので、諦めようと思っていた。けれど、忘れるどころか、段々とアオシさんの事が好きになっていってしまって… また、あの薬局に行って、神城さんに聞けば分かるのだろうけれど、また行くのは恥ずかしいから… …でも、もう我慢出来ない程にアオシさんの事が好きになっていて… …だから、意を決して、もう一度ここに来た…
「…アオシ? …ああ、彼がどうかしましたか?」
 突然の事で驚いたのだろうか? 神城さんの顔が少し怪訝そうな顔に変わった。
「…あの、アオシさんのお名前と住所、教えて頂きたいんですけど…」
「いや、他のお客様の情報を教えて欲しいと言われましても… …一体、どうしたんですか?」
「…あ、あの… …先月ここで会ってから、ずっと気になってしまって…」
「…ひょっとして、一目惚れ?」
 …私は、無言で頷いた。 …顔が、耳が、火照って熱い…
「…もう、自分を抑えようと思っても、我慢出来ないんです… …だから、手紙を書いて想いだけでも伝えたいと… …でも、お名前も住所も分からなかったので…」
「…でも、お客様の情報を他のお客さんに教える訳には… …この店には、人に知られたくない買い物をする人もいるから、そういった事は絶対に教えられないんだよ…」
「そんな… …どうしても、駄目なんでしょうか?…」
 …何も教えてもらえないなんて… …気持ちを伝える事さえ出来ないなんて…
「…ところで、今から時間取れるかな? 多分1時間位だと思うけど…」
「…えっ?… …はい、大丈夫です…」
「良かった。ちょっと待っててね。」
 そして、神城さんは携帯電話を取り出して、誰かと話し始めた。
「やあ、神城だけど…悪いけど、今すぐこっちに来られるか?…ちょっと急ぎなんだ。訳は来てから話すから…ああ、大事な事だから…それじゃあ、頼むよ。」
 神城さんが電話を切った。 …一体、何なんだろう?…
「これからすぐ来るからね。」
「…えっ?…」
 …来る、って?… …誰が?…
「今、アオシをここへ呼んだから。僕は話せなくても、本人から聞くのは問題無いからね。」
「…えっ?… …それって?… …えっと、あの… …ええーっ!?」
 突然な展開に、私の頭の中は、完全にパニックを起こしていた…
「大体20分位で着くってさ。それと、アオシというのはアダ名だから、名前も本人に聞いてね?」
「…あの… …その… …ええっと… …あれ?…」
「頑張ってね。応援してるからね。」
「…あ… …は、はいっ! ありがとうございます!」
 やっと正気に戻った私は、大声でお礼を言っていた。 …アオシさんに、もうすぐ会える… …アオシさんに、想いを伝えられるんだ。それも直接… …少し怖いけれど、とっても嬉しい…
「ところで、その箱どうしようか? 持って歩くと、目立っちゃうよね?」
「あっ…」
 …確かに、さっき買ったこの箱は結構大きい。無理すれば鞄の中に入るけど、そうすると鞄が変に膨らんで、どっちにしろ目立っちゃう… …これから、アオシさんと会えるっていうのに…
「箱を取ってバラして鞄に入れるか、返品するしかないかな?」
 バラして鞄に… …それって、何かの拍子に鞄を開けたら…
「…あの、すみません… …返品しても、いいでしょうか?…」
「うん、いいよ。その袋とさっきのお釣り、貸してくれるかな?」
「あっ、はい…」
 私が商品とお釣りを返すと、神城さんはお金を返してくれた。
「それじゃあ、ここだと他のお客さんも来るから、そっちの部屋で待っていてくれるかな? 青氏が来たら呼んであげるから。」
「あっ、はい、お願いします…」
「あっ、そうだ。あと…」
「…はい?」
「商品の事は、絶対誰にも言わないから、安心してね。それと、お客さんが思っているよりお店の人は気にしていないから、いつでも買い直しに来ても良いからね。」
「…」
 私は、真っ赤な顔で小さく頷いた…

「…あいつめ…」
 青木さんは、ちょっと苦い顔で、そう呟いた…
「…あっ、神城さんの事、怒らないでください… …お名前と住所を聞いて手紙を書いても、私、青木さんに渡せるかどうか分からなかったんです…」
「…? どうして?」
「もし… もし、もう彼女がいたら… もし、振られてしまったら… …そんな事ばかり考えてしまって…」
「そうか、そういう事ね…」
 …さっきは勢いでOKしてくれたみたいだけれども、ひょっとして本当は?…
「…ひょっとして、もう彼女がいたりします?…」
「いや、大丈夫だよ。丁度と言うか何と言うか、恋人募集中だったから。」
「…良かった…」
「…そう言えば、俺たちは殆ど初対面で、まだお互いの事を何も知らないんだよね?」
「…やっぱり、私なんかでは駄目でしょうか?…」
「いや、そうじゃ無くて… まずは、お互いを知るところから始めない? 色々とお喋りとかしてさ?」
「…はい。私、青木さんの事、色々と知りたいです。」
「俺もだよ。高山さんの事、色々と知りたいから。」
「…それじゃあ早速ですけど、住んでいる所から教えてもらってもいいですか? 神城さんからは教えてもらえなかったから…」
 青木さんは滝城高なんだよね? そうすると、結構遠いの? …普段会えないくらい遠かったらどうしよう…
「神城は、客の事は絶対に人に教えないからね… 俺は、白蒲町に住んでるよ。滝城高の学区ギリギリだけど。」
「本当ですか? 実は私も白蒲町なんです。青鷺高の学区ギリギリですけど… 意外と近くに住んでいたんですね?」
「良かったよ、本当に近くで… 青鷺高と聞いた時に、思いっきり遠かったらどうしようかと思ってたんだ。」
「あ、実は私も心配してました。滝城高って結構遠いから…」
「そう言えば、高城とはどういう知り合いなの?」
「いえ、高城さんと会ったのは、先月と今日の2回だけです。それなのに、ちゃんと紹介して頂いて…」
「そうか… …あれ? そう言えば何で白蒲町から神城の所まで買い物に? 結構遠いし、学校とも逆方向だし…」
 そ、それは… …ごめんなさい、それだけは言えない… …あまりの恥ずかしさに、私は顔を真っ赤にして俯いてしまった…
「…あ、ごめん… …デリカシー無いよな、俺って…」
「…い、いえ、大丈夫です… …そういえば青木さんは、トランペットを演奏なさるんですか?」
「…あれ? よく知ってるね。神城から聞いた?」
「いえ、先月お会いした時に、青木さんがトランペットが何とか言っていましたから… …でも、男の人で楽器を扱うって、珍しいですね?」
「確かに、この辺だと珍しいかもね。中学校の頃、吹奏楽部の先生に勧誘されてから、続けているんだ。そういえば、高山さんは部活は?」
「私は水泳部です。始めたのは今年からですけど…」
「水泳部? それじゃあ、今の季節は部活は無いの?」
「そんな事無いですよ。プールに入れない時期は、ずっと体育館でトレーニングです。これからの時期は、陸上部並みに体を動かすみたいです。」
「結構大変そうだね? こんなに寒い中、体を動かしても大丈夫なのかな?」
「はい、ちゃんと準備運動とかをしっかりやるみたいですから。そういえば、青木さんはスポーツとかは?」
「今のところ、部活で手一杯かな? 吹奏楽部でも、結構トレーニングはあるから。あまり知られていないけれど、腹筋と背筋と肺活量が無いと、良い音は出ないからね。」
「…少し意外でした。結構体格がいいから、自分から鍛えているのかなって思ってたんです。」
 私達は、色々な事をお喋りしていた。どんな事でもいいから、もっと青木さんの事を知りたい。青木さんにも私の事を知ってもらいたい。 …あの事以外は…

「…あっ、もうこんな時間…」
 …気が付くと、喫茶店に入ってから、もう3時間近く経っていて、辺りはもう真っ暗になっていた。時間を忘れるくらい男の人とお話ししたのって、初めてかも…
「そうだね。そろそろ帰ろうか?」
「あ、はい…」
 …でも、離れたくない。少しでも一緒にいたい…
「…その、よろしかったら、一緒に…」
「勿論、そのつもりだよ。」
 私と青木さんは、一緒に白蒲町へと向かった。並んで歩いて、電車でも並んで座って、ずっとお喋りしながら… …私の家の方が駅に近かったので、私の家の前でお別れした。
「ここが高山さんの家なんだ… 俺の家と結構近いよ。歩いて10分ちょっとの所だから。」
「えっ? そんなに近くなんですか?」
「うん。大通りに出て左に行って、スーパーの所で右に曲がってから左側の5軒目だから。ひょっとしたら、小中と同じ学校だったりしてね?」
「私は中学校1年生の夏に引っ越してきたので、一緒だったのは中学校の時ですね?」
「中学校の頃に一緒か… …お互い、全然気が付かなかったみたいだね?」
 私と青木さんは、お互いに微笑んだ。それでもいいの。昔知り合えなくても、今、恋人同士になれたんだから。 …でも…
「…あの、青木さん…」
「何?」
「…今日はずっとお喋りしていたんですけれど… …あの、改めて聞くのも何なんですが… …私と、本当に付き合ってもらえますか?…」
「勿論だよ、これからもよろしくね。 …でも、どうしたの? 突然、そんな事…」
「…ごっ、ごめんなさい… …お喋りした結果、やっぱり駄目だったらと思って、不安で…」
「大丈夫だよ、心配しないでね…? 駄目どころか、高山さんの事を色々知って、ますます好きになっちゃっているんだから…」
「…私も、同じです… …だから、かえって不安になっちゃって…」
「大丈夫だから… …安心してね?」
「…あっ、青木さん…」
 青木さんは、私を軽く抱き締めて、頭を撫でてくれた… …不思議。さっきまでの不安が消えていくみたい…
「それじゃあ、明後日は土曜日だから、デートしない? 朝9時に、ここに迎えに来るから。 …いいかな?」
「…は、はいっ! 楽しみにしています!」
「それじゃあ、おやすみ。また明後日ね?」
「はい、おやすみなさい。また明後日…」
 …良かった、本当に恋人同士になれて… …良かった、嫌われなくて… …明後日のデート、とっても楽しみ…

 …でも、デート当日に、私は風邪を引いちゃって、寝込んじゃった。楽しみにしていたデートだったのに… そしたら、青木さんが慌ててお見舞いに来てくれたの。ベッドで寝ている私の横に座って、色々とお喋りをして… 私が眠たくなったら、手を取って、私が寝付くまでそのまま手を握っていてくれた… …けど、青木さんもそのまま眠っちゃったみたいで、私が目覚めた時も、青木さんは手を握ったまま眠っていた。ただ、青木さんの肩に毛布が掛けられていて… …眠っている時にお母さんが帰ってきて、私達を見つけて毛布を掛けてくれたみたい。その日は、青木さんはお母さんにお礼を言って帰っていった。

 翌日、元気になった私は青木さんにお礼の電話をした。そしたら、今度は青木さんが風邪で寝込んじゃっていた… …昨日の私のが移っちゃった…? 慌ててお見舞いに行くと、青木さんの症状は、昨日の私ほど酷くはなかった。私は青木さんのベッドの横に座って、色々とお喋りをしていた。早く元気になって欲しいな…

 そして月曜日。私が学校に行こうとして家を出たら、ちょうど青木さんが通りかかった。良かった、元気になったみたい… そのまま一緒に駅へ向かった。そうだ、これからは毎日、一緒に駅まで行く事が出来るんだ… 私達は、次のデートの約束をしてから、それぞれの学校に向かった。

 それから、青木さんとは何回もデートをして、その度に、青木さんの事がもっともっと好きになっていった。もう、青木さんがいない毎日なんて考えられない! そうして、青木さんと付き合い始めて、1ヶ月が経とうとしていた…

 12月23日。今日は祝日なので、いつもの様にデートをしていた。明日は終業式で、クリスマス・イブで、なおかつ私達が付き合ってからちょうど1ヶ月の記念日。
「明日はクリスマス・イブか… 俺達が付き合ってから、ちょうど1ヶ月だね。」
「うん。こんな素敵な日が重なるなんて、神城さんに感謝しないとね?」
「神城に?」
「うん… …あの日、神城さんがすぐに青木さんを呼んでくれなかったら、恋人1ヶ月目の記念日は、もっと後になっちゃってたから…」
「確かにそうだね。神城には感謝しないと…」
 …それと、明日は…
「それで、あの… …明日のデートの後、私の部屋に寄ってもらえますか?…」
「…えっ?…」
「…あっ! べ、別に、その… …エッチな事… …とかじゃないから… …ただ、一緒にいたいから…」
「…うん、いいよ… …俺も、高山さんと一緒にいたいから…」
「…うん、ありがとう…」


・第二章 悪夢
 …ふぅ、暑いなぁ。8月になったばっかりだから、しょうがないか… えっと、駅前通の方に行くにはこっち側のホームで… …じゃなくて、あっちのホームだった。あっ、電車が来ちゃう! 急いで向こうに行かないと!

 わたしは高山志乃(たかやま しの)。今、中学1年生。おとといこの町に引っ越してきたばっかりなの。夏休み中だから、まだ新しい学校に行っていなくて、友達もいないけれど、いっぱい友達出来るといいなぁ… ここに来る途中に、駅前通に面白そうな雑貨屋さんがあったから、これからそこに行ってみようと思うの。部屋を整理するのに使えそうな可愛い小物入れ、売っていないかな?

 はぁ、はぁ… 良かった、間に合ったよ… お気に入りのかわいい白いミニのワンピースなんだけれど、おかげで走りにくかったよ。わたしは、電車の先頭の乗り場に行った。ここから乗ると、運転席の窓から前の景色が見えるんだよね。さらにその先頭で待っていると、電車が来てドアが開いた。うゎ、混んでるなぁ… わたしは、満員電車に乗り込んでいった。この電車は快速で、走り出すと20分は止まらない。だから込んでる事が多いらしいけれど、簡単でいいよね?

 電車に乗り込んで、運転席の方を見ると、そこにも人がいっぱいいて、前の窓は見えなかった。まあ、しょうがないか。
「!?」
 …えっ、何? …お尻をさわられた? …ぐう然、手が当たっちゃったのかな? …ち、ちがうよ、今度は本当にさわってる… …ま、まさか、チカン!? …どうしよう、やめてって言わないと… …でも、こ、こわい… …や、やだ、お尻、もまないで…
「…うっ…」
 …そこ、だ、だめ… …お、お尻の穴、もまないで… …? 突然、わたしのお尻をもんでいた手が放れた。 …もう、止めてくれたの? …えっ!?
「…ひっ…」
 い、いやっ! …今度は、両手でパンティを太ももまで下ろされた… …も、もうやめて、お願い… …な、何? 何でお尻の穴、広げてるの?
「…くっ…」
 冷たっ!? …お尻の穴に、何か冷たいヌルヌルする物をぬってる… …やだ、気持ち悪いよ… …何? 何なの?… …どうして、こんな事するの…
「…つっ…」
 痛っ! …お尻の穴に、何か細長い物を入れられた… …うそ、まだ入れてる… …そ、そんなに深くまで… …こわい… …気持ち悪い… …一体何をする気なの?…
「…うぁっ…」
 冷たっ!? …今度は、お尻の奥に、何か冷たい物が入って来た… …これって、水?… …何で、こんな事… …やだ、気持ち悪い…
「…くぅっ…」
 …今度は、さっき入れられた細長い物を抜き取られた… …き、気持ち悪いよ… …な、何? お尻の中が熱くなって、お腹が痛い… …ひょっとして、下痢?… …さっきまで何でもなかったのに、何で?… …ま、まさか、今のって、浣腸!?… …は、早くトイレに… …うぁっ!… …で、でも、電車はまだ15分は止まらないし… …絶対に、そんなにがまんできないよ… …そ、そうだ、電車内のトイレは… …えっ? 一番後ろの車両? 今、一番前の車両だから、5両も後ろに行かないと… …くぅっ!… …は、早く、行かないと、出ちゃう… …でも、すごく混んでいて、ゆっくりしか進めない…

 はぁ、はぁ… …や、やっと2両目… …うぅっ… …お、お腹痛いよ、出ちゃいそう… …電車の振動も、お腹にひびいて苦しい… …お腹がゴロゴロ鳴って、その度に中で動いて、気持ち悪い… …急がないと、もう… …くぁっ… …でも、混んでて急げないし、あんまり動くと出ちゃいそう…
「ねえ、キミ、具合悪そうだけど、大丈夫?」
 つり革につかまっていた、わたしと同じくらいの歳の男の子が、心配そうに聞いてきた。わたしは何とかうなずいて、さらに先に進もうとした。 …く、苦しい… …その時、突然電車が大きくゆれた。視界がゆがんで、頭の中が真っ白になって…

「…ミ、キミ、しっかりして!? 大丈夫!?」
 …あれ? さっきの男の子?… …わたし、座っている?… …あんなに混んでいたのに、わたしの周りには、さっきの男の子しかいない?… …一体、どうしちゃったんだろう?… …確か、電車が大きくゆれて、倒れないように足に力を入れて… …そうだ、その時、大きな音を立てて、全部出ちゃったんだ… …パンティは太ももまで下ろされていたから、ほとんど全部床の上に… …そして、その後、体の力が抜けて、座り込んじゃったんだ… …わたしの周りには、茶色い泥と水と、黄色い水が飛び散っていて、わたしの白いワンピースも、ところどころ茶色と黄色にそまっている…
「大丈夫!? しっかりして!?」
 …さっきの男の子が、わたしの正面にヒザを付いて座って、わたしの顔を心配そうにのぞき込んで、わたしの肩をゆさぶって、わたしに声をかけ続けてくれている… …だめだよ。そんな所に座ったら、わたしのでズボン汚れちゃうよ?… …でも、その男の子の白いジーンズのヒザは、もう茶色と黄色にそまっていた…
『おい、あのガキ…』
『やだ、あの子、お漏らし?』
『汚ねえ! 何だコイツ!?』
『恥ずかしくないのかしら?』
『臭えよ!』
『まったく、赤ちゃんみたいに…』
『何アレ? 変態?』
『こんな所で、信じらんない…』
『…』
『…』
『…』
『…』
 …わたしの事を心配してくれたのは、その男の子だけだった… …他の人はみんな、わたしから離れて、わたしを冷たい目で見つめて、ヒソヒソとつぶやいていた… …うそ、うそだよね?… …これって、みんな悪い夢なんだよね?… …もう、こんな、こんなのって…

「嫌あぁぁっ!!」
 絶叫と共に、私はベッドから跳ね起きた。 …えっ? ベッド? 私の部屋?… …また、あの夢…
「…ぐっ…」
 私は、自分の肩を力一杯抱き締める。体が震えて止まらない。歯も噛み合わずに、ガチガチ鳴っている。
「…何で、何で忘れられないのよ… …3年も前の事なのに…」
 3年前の夏に、私に襲いかかった事件… …普段は忘れていられるけれど、時々、あの時の事がそのまま夢に出てくる。そう、実際に起こっているみたいにリアルに…
「…うぅっ…」
 …嫌だ、体が疼く… …あんな夢を見たのに… …ううん、あの夢のせいね… あの事件の時、頭が真っ白になった瞬間、苦痛から開放された瞬間に、私は間違いなく快感を感じていた。未だにその快感が忘れられなくて、時々自分で浣腸をして、限界まで耐えてから一気に出して、あの快感を味わっている…
「…この、変態…」
 私は、こんな私が大嫌い… …あんな目に遭っておきながら、更にあんな事を望んでいるなんて…
「…こんな変態、絶対に好きになんかなれないよね…」
 本当の私…浣腸で快感を得ている私…の事を知ったら、私の事を好きでいられる人なんて、絶対にいないよね? そう、バレちゃったら、青木さんも私を嫌って、私から逃げて行っちゃう… …今までの恋人みたいに… …でも、バレなければ?… …ずっと、隠し通せれば…
「…駄目… …そんなの、無理に決まってる…」
 絶対に、いつかはバレる。隠せば隠すだけ、時間が経ってから…もっと青木さんの事が好きになってから…バレてしまって、好きになった分だけ、辛い別れが待っている…
「…もう、お終いなのかな?… …青木さんとは…」
 時間が経てば経つほど青木さんの事がもっと好きになって、別れるのがもっと辛くなっちゃう。 …だったら、今のうちに…
「…今日のデートで、全部終わりにしよう…」
 …でも、せめて、今日のデートは思いっきり楽みたい… …もう、最後なんだから…

「高山さーん。」
「あっ、ちょっと待ってて。今行くから。」
 約束の時間の10分前に、青木さんは私の家に迎えに来てくれた。これから、クリスマス・イブのデート。私達が恋人になって1ヶ月目の記念のデート。 …そして、青木さんとの最後のデート… …あっ、駄目、顔に出しちゃ…
「どうしたの? 高山さん…」
「あ、うん、何でも無いよ… …それじゃあ、行こっか!」
「うん、思いっきり楽しもうね。」
 ふたりであちこち歩いて、少し早めの時間にレストランでクリスマス・ディナーを楽しんで、イルミネーションの中を並んで歩いて… …私は、無理してはしゃいでいた。恋人でいられるのもこれで最後だから、今のうちに楽しんでおかないと… …そう、少しでも悔いの残らないように…
「…青木さん、そろそろ…」
「…うん、高山さんの部屋に行こうか… …でも、約束通り、エッチな事はしないからね…」
「…うん…」
 …とうとう、この時が来てしまった… …ふたりの終わりの時が…


・第三章 試練
「さあ、入って。」
「こんばんわ、お邪魔します。」
「あっ、今、私達しかいないから…」
「えっ? お父さんとお母さんは?」
「両方とも仕事なの。青木さん、『ツー・ラビッツ』っていうお店、知ってる?」
「えーと… 確か、ケーキで有名なお店だよね?」
「うん。お父さんとお母さん、そこで働いてるの。1年の中で、今日が一番忙しい日だから…」
 『ツー・ラビッツ』は、白と茶色の2羽の野兎がトレードマークの洋菓子店で、生クリームとチョコレートのケーキが美味しいと有名なお店。お父さんとお母さんはそこで働いていて、職場結婚だったらしいの。クリスマスケーキの予約の数は半端じゃなくて、いつもクリスマス・イブは家の中でひとりぼっちだった… …友達とパーティーをする事はあったけれど、家族でパーティーをする事は無かった…
「…それじゃあ、今までイブは、ずっとひとりで?…」
「ううん、友達とパーティーしてたから… …それに、お仕事忙しいのは分かっていたから、大丈夫だったの… …それに、イブじゃなくて、毎年クリスマスに家族でパーティーしてたから…」
 …だからなのかな? 青木さんを部屋に呼んだのは… …イブに、大好きな人と、私の家で一緒にいたかったから… …でも、もう終わりなんだよね?…
「…今日は俺が一緒だから、高山さんひとりじゃないんだよ? だから、思いっきり楽しもうね?」
「…」
 …言えない。言えないよ… …今日で終わりにしたいなんて… …本当は、終わりになんて、したくない… …でも、ここで終わらせないと、後でもっと辛いから…
「…高山さん?」
「…あっ! ううん、何でもないの… …それじゃあ、私の部屋に…」
「うん、行こうか。」
 私達は階段を上がって、私の部屋に入った。
「確か、前にお見舞いに来た時以来だったよね? 俺がこの部屋に来たのって。」
「別れましょう、私達。」
「…えっ!?」
 …心が冷えていくのが分かる… …いつもの私じゃない私になっていく… …そう、普段は隠している本当の私に… …何故か、こうなっちゃえば、もう何をしても怖くない、恥ずかしくない… …いつも、後で思い出して辛くなっちゃうけれど、そんな事は今はどうでもいい…
「…冗談、だよね?… …高山さん?…」
「いいえ、本気よ。」
「…俺、何か気に障るような事した?… …そんな突然…」
「気に障るような事は何もしていないわ。それに、今朝から考えていたの。」
「…他に、好きな人が出来たの?… …俺の事、嫌いになった?…」
「いいえ、他に好きな人はいないわ。青木さんが大好きなままよ。」
「…じゃあ、どうしてだよ!? どうしてそんな事が言えるんだよ!? お互いに好きあっているのに、何で別れなくちゃいけないんだよ!?」
 青木さんが突然大声を上げて、私を睨んだ。 …今にも泣き出しそうな顔で…
「青木さんは何も悪くない。私も青木さんが大好き。ただ、青木さんは… …いえ、誰も、私をずっと愛し続ける事なんて出来ないから。」
「…高山さん?…」
「だから今のうちに、もっとお互いが好きになる前に別れちゃいましょうよ。」
「そんな事は無い! 俺は高山さんが大好きだ! 嫌いになるなんて、そんな事は絶対に無い!」
「それは、青木さんが本当の私を知らないから、そう言えるのよ。」
「…本当の、高山さん?…」
「そう。普段の私じゃなくて、本当の私。」
「…何も変わらないよ… …高山さんは高山さんだよ。本当も嘘もあるもんか… …たとえ普段と違ったとしても、俺は高山さんを愛し続けられるから… …頼むから、俺を信じて…」
「そう… それじゃあ、証明して。」
「証明…?」
 私は、机の引き出しを開けて、その中にある箱を開けた。先月は買わずに返品したから、2ヶ月前に買った箱。その中には3個の… …普段は1個ずつしか使わないから、とっても辛そうだけれど… その3個を全て手に取って、青木さんに渡した。頑固な便秘用の、40gの浣腸を…
「…これって…」
 それが何だか分かったのだろう。さすがに、青木さんの表情が固まる…
「それを、今すぐここで私に使って。」
 …私なんてこんな物を使っていて、それを平気で人に、しかも男の人に頼めちゃう変態なのよ? さあ、私の事を罵倒して! 嫌いになって!
「…いいよ。高山さんがそれを望むなら…」
 そう、平気なの? そんな事言ってても、すぐに化けの皮は剥がれるわ。
「…でも、俺、使った事が無いから、どうしたらいいか分からない…」
「大丈夫。私の言う通りにして。」
 私は、ベッドの下からトイレットペーパーを取り出して、説明を始めた。
「袋から取り出して、キャップも取って。そう、3個とも。」
 青木さんは、素直に私の言う通りに、袋とキャップを取って、ベッドの上に並べて置いた。
「細長い部分、お尻に入れる場所をしゃぶって。唾を付けて、滑りを良くして。」
「…う、うん…」
 こんな事するのは、辛いでしょ? いつでもいいから、変態と怒鳴りつけて出ていって! でも、青木さんは、素直に私の言う事に従っていた。私は、スカートとストッキングとパンティを脱いで、次々とベッドの上に放り投げた。
「…た、高山さん…」
「こうしないと、出来ないでしょ?」
 私は、平然とそう答えた。下半身裸になって、青木さんの正面に立ったまま、恥ずかしい場所を隠しもせずに。 …今なら、こんな事をしても、何も恥ずかしく感じない… …やっぱり、私って変態なんだ… 私はそのまま、俯せに寝てから、お尻を高々と上げ、少し足を開く。青木さんにお尻を向けて… …これで、私の恥ずかしい場所、全部見られちゃう… 私は更に、両手でお尻を開いた。
「それじゃあ、まず1個。さっきしゃぶってた部分を、私のお尻に入れて。」
「…うん… …いい? 入れるよ?…」
「…うっ… …うぁっ…」
 ゆっくりと、浣腸の先っぽがお尻の穴に当たって、そして入って来た。 …青木さんの手が震えている… その振動が、お尻の中に伝わってきて、気持ちいい。 …やっぱり、私って…
「…奥まで入ったよ…」
「そしたら、容器を潰して、薬を私の中に入れて。 …んんっ… 手を緩めると容器に逆流しちゃうから、しっかりと潰して。」
 私の言葉と同時に、冷たい感覚がお尻の中に入って来た。そう、あの時と同じように…
「…駄目だ、上手く潰れない… …全部入らないよ…」
「薬が残っちゃったら、いったん抜いて、膨らましてからもう1回入れ直して。」
「…分かったよ…」
「…んぁっ… …くぅっ…」
 お尻から出ていく感触の後で、再び、さっきの冷たさがお尻を襲う。 …うぅっ… …もう効いてきた…
「…全部、入ったよ?…」
「そしたら、残り2個も同じように全部入れて。もう効き始めちゃってるから、急いで。いちいち、確認しなくてもいいから。」
「…分かったよ。 …続けていくよ?…」
「…くぁっ… …うぅっ… …んぁっ… …くぅっ…」
 私のお尻に、入って、注がれて、抜かれて… …それを何度も、薬が全部入るまで繰り返される。その頃には、私のお腹は限界近くまで苦しくなっていた。 …いつもより苦しい… …まるで、あの時みたいな苦しさ…
「…全部、入れ終わったよ…」
「…くぅっ…」
「…大丈夫?…」
 く、苦しい… でも、もっと我慢しないと… 私の一番汚い部分を見せて、嫌いになって、別れて貰わないといけないから。 …でも、まだ、こんな変態の事、心配してくれているんだ… 私は、トイレットペーパーを青木さんに突き付けた。
「こ、これで… …私のお尻の穴、押さえて… …も、漏れないように、しっかり…」
 さすがにこれは嫌でしょ? トイレットペーパー越しとはいえ、他の人のお尻の穴に触るなんて。しかも、いつ出ちゃうかも分からないのに。
「…いいよ… …じゃあ、押さえるからね?…」
「くぁっ!」
「高山さん、本当に大丈夫?」
「う、うん…」
 …青木さん、こんな事させられて、本当に平気なの?… もう、お腹の痛みは限界まで来ていた。早くトイレに行かないと、漏らしちゃう。でも…
「高山さん、無理しないで、トイレに行こうよ? ちゃんと押さえててあげるから…」
 それじゃあ駄目! 私の事なんか心配しないで! お願い、嫌いになって!
「…青木さん… …ちょっと動くから…」
「うん。ちゃんと押さえているから、大丈夫だよ。」
 私は、四つん這いの格好から身を起こして、しゃがみ込む。そして、ベッドの下に手を入れて…
「高山さん、動ける? 大丈夫? しっかりして?」
 …? 一瞬、頭の中を何かが駆け抜けた。 …何か、懐かしい… それを無理矢理無視して、私はベッドの下から洗面器を取り出して、お尻の下に置いた。
「た、高山さん…」
 私が何をするつもりか分かったのだろう。青木さんが驚いて声を上げた。 …声、少し震えてるよ…
「…私のお尻を見ていて… …絶対に、目を反らさないで…」
 これから、青木さんの前で全てをぶちまける。こんな事が出来る変態なんて、すぐに嫌いになれるよね?
「…う、うん… …でも、本当にいいの?… …もう動けなくて、見られるのが嫌なら、俺は部屋の外に…」
「駄目! ちゃんと最後まで見てて!」
「…分かったよ… …高山さんがそれを望むなら…」
「…うぅっ… …くぁっ… …うぁっ…」
 もう我慢の限界は超えていた。青木さんが押さえていてくれなかったら、とっくに全てを出し切っていた。でも、それを気力と青木さんの手で耐え続ける。でも、それももう駄目… …いつもの3倍の薬を使って、いつもの2倍もの時間を我慢していた…
「…もう、いいよ… …手、離して… …でも、ちゃんと見てて…」
「うん、ちゃんと見てるから… …それじゃあ、離すよ?…」
「…うん… うあぁっ! くぅっ!」
 青木さんが手を離すと同時に、私は洗面器に出してしまった。お尻からも、前からも… 瞬く間に部屋中に異臭が立ちこめる。そして、私は開放感と快感と絶望に浸っていた。あの電車の時と同じように…
「…高山さん…」
 まだ、お尻から出続けている。どう? さすがにこれを見続けるなんて、耐えられないでしょ? …うぅ、まだ、お腹が痛い…
「…大丈夫?… …まだ、お腹痛い?…」
 …まだ、こんな私の事、心配してくれているの?… 私は、さらにお腹に力を入れて、全てを出し切った。それと同時に、お腹の痛みも無くなった。
「全部出た? もう苦しくない?」
 なんで、こんな変態の事、まだ心配できるのよ? それだったら、もっと汚い事を… 私は、お尻を少し持ち上げる。
「もう、全部出たわ。今度は、私のお尻を拭いて。丁寧に、綺麗にね。」
 さすがにこれは嫌でしょ? お願いだから、こんな変態の事なんて見捨てて!
「うん、いいよ。もう少し、お尻を上げて?」
 …えっ? 嫌じゃ、無いの?… …こんな、直接手に付いちゃうかもしれない、汚い事をさせているのに… 私は、青木さんの言葉に従って、もう少しお尻を上げる。青木さんは、右手にトイレットペーパーを持って…
「ふぁっ!」
「大丈夫? 痛かった?」
「う、ううん、大丈夫… …んんっ…」
 き、気持ちいい… 青木さんが優しくお尻を拭いてくれる度に、快感が私を貫く。 …やっぱり、私って変態なんだ… …お尻を拭いてもらって、感じちゃうなんて… …でも、何だろう? 今までの気持ちよさと違う… …そうか、優しくしてもらっているのが気持ちいいんだ… …優しく? まだ、私の事なんか優しく出来るの? まだ、嫌いになってくれないの? それだったら、もっと汚い事を、酷い事を…
「それじゃあ、前も拭くよ? …いい?」
「うん、お願い… ひぁっ!」
 青木さんの手が下から伸びてきて、私の恥ずかしい場所を押さえた。場所がよく分からないみたいで、大きめに切ったトイレットペーパーで全体を優しく押さえてくれる。恥ずかしい場所から出た物を拭き取ると同時に、ヌルッとした感触が走る。それは、青木さんにも伝わった筈だ。 …分かったでしょ? 私、こんなに感じてたのよ? こんなので濡れちゃう、変態なのよ?
「…はい、綺麗になったよ?」
「そしたら、この洗面器の中身を捨てて、綺麗に洗って来て。」
 自分でも、とんでもなく酷い事を行っているのが分かる。これを綺麗にするって事は、手で触らなくちゃいけないから。さすがに、これは我慢出来ないでしょ? 自分のでさえ汚いのに、人のを触って後始末をするなんて。さあ、今度こそ、この変態を嫌いになって! 私の事を蔑んで、出ていって!
「いいよ。トイレとお風呂場を貸してね? 洗面器が大きくて、洗面台じゃ洗いにくいから…」
 …えっ?… …何で?… 青木さんは何ひとつ嫌がる素振りを見せずに、洗面器を持って私の部屋から出ていった。 …本当に、嫌じゃないの?… いや、そんな事あるはず無い。絶対に無理してるんだ。平気なんて事、絶対にあり得ない。

「どう? これが本当の私… 高山志乃よ。」
 青木さんが戻って来るなり、私は嫌らしい笑みを浮かべて、平然と言い放った。私は、さっきのままの格好…下半身裸のまま、何も隠そうともせずに、椅子に座って足を組んでいる。
「…高山さん…」
「これが私の本当の姿。こんな汚い私と、付き合えるって言うの? 別れないって言い切れるの? そんな事、絶対にあり得ないよね?」
「…そんな事無いよ… …俺は高山さんが好きだ… …今も、そしてこれからも…」
 まだ、そんな事を… そんな事、絶対にあり得ないのに…
「本当にそうかしら? さっきから私が見せた事、無理矢理やらせた後始末、本当は汚くて嫌だったんでしょ?」
「そ、そんな…」
「辛かったんでしょ? 嘘言わなくても、顔に出てるわよ?」
 ちょっと見ただけでは分からない、ほんの少しの変化… …青木さんの顔がわずかに曇っているのを、私は見逃さなかった。
「…ああ、確かに辛いよ…」
 …やっぱり、そうだった… …青木さん、辛かったんだ… …やっぱり、本当の私を愛せる人なんて、誰もいないんだ…
「そうでしょ? こんな変態と付き合える訳無いもんね? だから、もう別れようよ。」
「違う、そうじゃない… …高山さんがわざと自分を傷付けているのを見ているのが、辛いんだ…」
「っ!? な、何を…」
 …そ、そんな… …私が、わざと私を傷付けて?… …あんな汚い事をさせた、私の事を心配して… …あ、あれ? 涙が… …なんで?… …私、泣いてる?…
「もう、やめようよ、こんな事… 無理矢理、自分を傷付けるのは… 何があろうと、俺は、高山さんの事、愛してるから…」
「…なんで? そんな…」
 …青木さんには、私には分からない私の事が分かるの?… …本当に?… …嬉しい… …この人なら、私を裏切らない?… …私から、逃げ出さない?… …ずっと、ずっと愛してくれる?…
「…ううん、絶対に… …絶対にそんな事有り得ないっ!」
 私は椅子から立ち上がり、後ずさる。 …そう、こんな私の全てを愛せる人なんて、いる筈が無い!
「高山さんっ!」
「い、嫌ぁっ! 離してぇっ!」
 青木さんが駆け寄って、私をきつく抱き締めてくれる。私は何とか離れようと、全力で藻掻く。嫌… 嫌ぁっ! 嫌いにならなきゃいけないのに、今別れないと後でお互いにもっと辛いのに、何でこんな事するのぉっ!?
「酒井君は話を聞いただけで逃げていった! 西田さんは目も会わせず『変態』って蔑んだ! 目黒君は『汚ねぇっ』って殴りつけた! 青木さんだっていつか絶対にそうなるっ! こんな私を愛し続けられる筈が無いっ! これ以上好きになると別れる時もっと辛いから、お願いだから今のうちに別れてぇっ! んむっ!?」
 青木さんの唇がが私の口を塞いだ。そして、もっと強く抱き締めてくれる。 …嫌だっ! 私の事を嫌いになって! 青木さんの事を嫌いにならせてっ! お願い、お願いだから… …もっと好きになってから、別れるのはもっと辛いから… …お願いだから…
『…』
 …何時しか、私は藻掻くのを止めていた… …青木さんの体が、唇が、私を落ち着かせてくれている?… …こうしていると、とっても気持ちいい… …何でだろう? ほっとする… …何でなの? 嫌いにならなくちゃいけないのに…
『…』
 …私が大人しくなると、青木さんは唇を離し、私を見つめた…
「…どうして… …どうして、嫌いになってくれないのよ… …他の人みたいに…」
「…俺は俺だよ… …高山さんを捨てた他の人とは違う… …高山さんが好きなんだ。どうしようも無い程に…」
「…そんな… …お願い、同情なんかしないで、本当の事を言って?… …こんな汚い変態、本当は触るのも嫌なんでしょ?…」
「…俺は、嫌がっている高山さんを抱き締めて、更にキスまでしてるんだよ?… …汚いなんて少しでも思っていたら、絶対にこんな事出来ないよ?…」
「…本当に、本当にこんな私の事が好きなの?… …私の事、ずっと愛していてくれるの?… …絶対に、私から逃げない?… …本当に、信じてもいいの?…」
「…うん、愛してるよ… …今も、そしてこれからもずっと… …高山さんがいなくなったら、悲しさで気が狂ってしまう位大好きだ… …だから、絶対に逃げないし、そして離さない… …そして、俺の事、信じてほしい… …絶対に、大丈夫だから…」
「…本当に、私なんかでいいの?…」
「…いや、そうじゃ無いよ。」
「…えっ?…」
 …やっぱり、私なんかじゃ、駄目なのね?… さっきまでと正反対の言葉に訝しむ私に、青木さんは私の目を見つめて、はっきりと言った。
「高山さん『なんか』で、じゃない。高山さんでなくちゃ駄目なんだ。」
 …私『なんか』、じゃなくて… …私でなくちゃ…
「…あ、青木さ… …うぅっ… …うう… …うわぁぁぁぁぁっ…」
 …私は、青木さんの胸に顔を埋めて、声を上げて泣いていた。青木さんは優しく、そしてしっかりと私を抱き締めてくれていた…


・第四章 告白
 いつの間にか、私達は抱き合ったままベッドに腰を下ろしていた。私はもう泣きやんでいたけれど、顔を上げる事が出来なかった…
「…青木さん、聞いて欲しいの… …どうして、あんな事をしちゃったのか…」
「…うん…」
 …私は、青木さんの胸に顔を埋めたまま、あの事を話し始めた…
「…3年前の夏の事なんだけど、私は、駅前通に行こうと思って、電車に乗ったの… …見晴らしのいい、一番前の車両の更に一番前に…」
 …駄目、やっぱり話せない… …本当は、聞いてもらいたいのに…
「…高山さん…」
 …青木さんが頭を撫でてくれている… …こうしてもらっていると、すごく落ち着く… …これなら、もう少し話せそう…
「…快速の満員電車で、次に止まるまで20分かかる電車だったの… …そこで、私… …痴漢にあったの…」
「…痴漢に?…」
「…うん… …それも、ただの痴漢じゃなかった… …その痴漢は…」
 …今度は、青木さんがギュッて抱き締めてくれた… …ありがとう、大丈夫だから…
「…その痴漢は、私のお尻を揉んで、お尻の穴も揉んで… …ワンピースの中に手を入れて、パンティを下ろして… …そして、浣腸をしてきたの…」
「えっ!?」
 さすがに、青木さんは驚いて声を上げた。
「浣腸って… なかなか止まらない満員電車の中で、しかもトイレから一番遠い車両で…」
「うん、そうなの… …そこで、普段病院でも使わないくらい、大きな浣腸を…」
 …駅員室にいる時に駅員さんが教えてくれたんだけど、私が初めにいた場所に、病院でも滅多に使わない大きさの、医療用の浣腸の容器が捨ててあったって…
「…次の駅に止まるまで、まだ15分もあったの… …それで、電車内のトイレに行こうとしたんだけど、トイレがあるのは最後尾の車両で、5両も人混みの中を抜けて行かなくちゃいけなかった…」
 …お願い、そのまま私を抱き締めていて… …そうでないと、私、もう…
「…でも、何とかトイレに行こうとして、人混みを掻き分けながら、後ろの方へ動いていったの… …やっと2両目に着いた時だった… …そばにいた男の子が心配して声を掛けてくれたの…」
「えっ!?」
 …? …どうして、青木さんがそこで驚くの?…
「…もう限界だったけれど、私は何とか頷いて、更に後ろに行こうとしたの… …でも、その時、電車が突然大きく揺れて… …咄嗟に、倒れないように足に力を入れて… …そしたら… …そしたら…」
「…高山さん… …辛かったら、もういいから…」
 …青木さんが、私の頭を少し強めに胸に押しつけた… …青木さんの鼓動が聞こえる… …あっ、駄目、また涙が…
「いいんだよ、泣いちゃっても…」
「…ごめんなさい… …服、汚れちゃうよ…」
「大丈夫、気にしないでいいから…」
 …? 何だろう? また、何か懐かしい感じが…
「…もっと泣いちゃってもいいんだよ?… …泣いた分だけ、楽になれるからね…」
「…うん… …もう、3年も昔の事なのに、時々その事が夢に出てくるの… …あの時の事がそのまま… …実際に起こっているみたいに… …今朝も、その夢が…」
「…大丈夫、きっといつか忘れられるから… …もし、また思い出しても、俺がちゃんと付いていてあげるから… …そんな過去があったって、俺は高山さんの事、絶対に嫌いになんかならないから…」
 …ありがとう、青木さん… …私、信じてるから… …でも…
「…でも、それだけじゃないの…」
「…高山さん?」
 …青木さんが聞き返してくる。私は顔を上げて、青木さんの事を見つめながら、続きを話した… …一番辛い話を…
「…電車の中で全部出しちゃった瞬間、私は、苦痛からの開放感と同時に、快感を感じていたの… …私、浣腸で感じちゃっていたの… …思い出すのも嫌な出来事の筈なのに、その快感は忘れられなかった… …だから、時々自分で浣腸して、限界まで我慢して、あの時の開放感と快感を味わっていたの…」
 …私は、青木さんを見つめたまま、泣いていた…
「…痴漢にされた事よりも、人前で全部出しちゃった事よりも、そんな私自身が嫌だった… …今まで付き合った人には隠していたけれど、最後は必ずバレて、変態って蔑まれて別れられたの…」
「…高山さん…」
「…だから、今朝あの夢から覚めた時、青木さんにもバレたら別れられちゃう、って思ったの… …隠しても何時かバレる、隠した分だけ時間が経ってからバレて、その時間が経った分だけ青木さんの事をもっと好きになっていて… …そして、そこで別れられる… …それだったら、もっと好きになる前に、今のうちにって思って…」
 …私は、再び青木さんの胸に顔を埋めて、泣き続けた… …そんな私の頭を、青木さんは優しく撫で続けてくれる…
「…ごめんなさい… …ごめんなさい、青木さん… …うぅっ…」
「…いいんだよ、謝らなくても… …俺は、全然気にしていないから… …今まで辛かったのに、よく頑張ったね?…」
「…ぐずっ… …うぅっ… …ひっく…」
「…高山さんがアレで気持ち良くなるんだったら、使っている事は気にしないから… …もしも、また望むなら、今日みたいに俺がしてあげるから… …高山さんの事、大好きだから、愛してるから、心配しないで… …嫌いになったり、しないから…」
「…青木さん… …ありがとう…」
「…ただ、今日みたいに自分を傷付けるのだけは、もう絶対に止めてね?… …高山さん自身も、見ている俺も、両方とも辛くなるだけだから…」
「…うん… …ごめんなさい… …もう、あんな酷い事しないから…」
 私は、そのまま青木さんの胸の中で泣き続けた… …悲しみを、涙と一緒に流すように…

「…高山さん、ひとつお願いがあるんだけど…」
「…何?」
 私の涙が止まってしばらく経った頃、青木さんが話しかけてきた。
「もう1回、キスしてもいい? ふたりの初めてのキスが、あんな無理矢理だったから…」
「…うん、私からもお願い… …それと、私のファースト・キスのやり直しも一緒に…」
「…さっきのが初めてだったんだ… …あんな無理矢理で、ごめん…」
「ううん、ありがとう… …今までは、キスする前に別れていたから… …確かにさっきのは無理矢理だったけれど、とっても嬉しいの… …だけど、今度は優しく…」
「うん… それと、俺のファースト・キスのやり直しもね…」
「…青木さんも、初めてだったの?…」
「うん、そうだよ…」
 ふたりとも、さっきのが初めてだったんだ… 私達は目を瞑って、唇を合わせようとして… …ふと、気が付いた。そうだ、私の服装… …下半身裸のままだった… …青木さんの前なのに、こんな格好、恥ずかしい…
「…あっ、嫌…」
「…高山さん?…」
「…ごめんなさい、ちょっと後ろを向いてて… …ちゃんと、服を着るから…」
「…あ、うん… …ごめんね、気が付かなくって…」
 青木さんは、顔を真っ赤にして、後ろを向いてくれた。私は立ち上がって、さっき脱ぎ捨てた服の所まで歩いた。 …でも、そう言えば、何で?…
「…でも、どうしてなんだろう?… …さっきまでは、あんな事をしても全然恥ずかしくなかったのに…」
「…きっと、本当の高山さんに戻ったからだよ。」
「本当の… …私?」
 …さっきまでの心の冷え切った私が、本当の私じゃないの?… …あんな事を平気でやっちゃう、自分でも思い出すのも怖い位の私が…
「さっきまでのは、過去と未来の恐怖に襲われて、全く余裕の無かった高山さん… …そして、普段の高山さんこそが、本当の高山さんなんだよ?」
「…そう… …なのかな?」
「無理をしている自分なんて姿は、結局長く続ける事は出来ないと思うんだ。だから、普段の何気ない姿こそが、本当の自分なんじゃないのかな?」
「…そう… …かもしれない… …ううん、本当にそうだよね?…」
 そう、普段の私…青木さんが大好きな私が、本当の私なんだよね? 大好きな青木さんと無理矢理にでも別れなくちゃいけないなんて、普段は思わない。いや、そんな事考えたくも無い。 …やっぱり、さっきまでの私は、本当の私じゃないんだ… …えっ?
「うぁっ…」
「…高山さん?」
 突然お腹が痛くなって、我慢出来ずにしゃがみ込んでしまった… …何で?… …そうか、いつもより多い薬で、いつもより長い時間、無理矢理我慢してたから…
「…ぐぅっ…」
「高山さん! 大丈夫!? …ひょっとして、お腹痛いの?」
 驚いて振り向いた青木さんが、駆け寄ってきた。そして、体を支えてくれる… …青木さんの問いに、私は何とか頷いた…
「うっ、うぐぅ…」
 ト、トイレに… 私は立ち上がってトイレに行こうとした。でも… …駄目。立てない。体に力が入らない… そんな… このままじゃ、ここで… やっと、本当に愛せる人が見つかったのに… その人の目の前で、こんな恥ずかしくて汚い物を… …ひょっとして、罰が当たったのかな?… …必死で信じてくれている人を、受け入れずに捨てようとした罰…
「…も、もう… …駄目…」
「高山さん!」
「くあっ!?」
 突然、お尻の穴を何かで強く押さえられた。そのおかげで、ぎりぎり漏れなかった。けど、これは…?
「高山さん、もうちょっとだけ我慢して。それと、少しお尻を上げて。」
 …そうか、青木さんが押さえてくれたんだ… 私は青木さんの言葉に従って、少しお尻を上げる。すると、お尻の下に何かが入れられた。 …さっきの洗面器… …こ、ここで?… …青木さんの目の前で?…
「…手を離すよ?」
「…で、でも、嫌… …青木さんの前で、こんなに汚い… …恥ずかしい…」
「大丈夫、目を瞑っててあげるから。それに、俺は汚いなんて全然思わないから、心配しないでいいんだよ…」
 首だけ回して青木さんに訴えかける私に、青木さんは笑顔で答えて、目を瞑った。それから…
「うっ… うあぁっ…」
 …青木さんの手がお尻から離れた。そして… …出ちゃった… ほとんど水みたいだけど、大きな音を立てて、洗面器に落ちていく… うぅ、全部出たのに、まだお腹が痛い…
「…大丈夫?」
「…まだ、お腹痛い…」
 …どうして、まだお腹が痛いの?… …全部、出ちゃったはずなのに…
「ふあっ!?」
 突然、青木さんの左手が前に回り込んで来て、私のお腹に触れた。そして、円を描くように、優しくマッサージをしてくれる…
「…お腹、かなり冷たくなってるよ。相当、無理してたんでしょ?」
「う、うん…」
「もう、無理しないでね… 俺がちゃんと付いていてあげるから… 昔の苦しみや悲しみ、俺が全部消してあげるから…」
「う、うん… …ぐずっ…」
 青木さんの掌がお腹を、言葉が心を温めてくれている… その事が嬉しくて、ちょっとだけ涙が出ちゃった…
「…高山さん?」
「あ… その… …な、なんかホッとしちゃって…」
 しばらくマッサージをして貰っていると、私のお腹は徐々に温かくなってきた。そしてお腹の中も、今まで忘れていた動き方を思い出したかのように動き出した。お腹の中の動きが、青木さんの掌に伝わっているのが分かる。そして…
「…あっ… …んんっ…」
「大丈夫?」
「また、また出ちゃう…」
 お腹の中の動きが激しくなる。お腹の中の物を、体の外へ追い出そうと… …もう、出ちゃいそうで、我慢出来ない… …でも、またこんな汚い物を、青木さんの前で…
「大丈夫だから、このまま出していいよ。早く全部出しちゃって、楽になろうね。」
「…で、でも…」
「大丈夫。絶対に見ないから。俺はさっきから、ずっと目を閉じてるから。」
「う、うん… んんっ…」
 …音と臭いを感じられるのは恥ずかしいけれど、見られるよりは… …それに、青木さんになら… 私は青木さんのその言葉を信じて、再びお腹に力を入れた。お腹の中に残っていたものは。すぐに出ていった…
「もう大丈夫かな?」
「うん… もう、痛くない…」
「…悪いけど、トイレットペーパー取ってくれるかな? 俺、今動けないから…」
「…えっ? 動けないって… …あ、青木さん!?」
 その声に、私は青木さんの方を振り返った。そこには… 洗面器の上、縁に触れるように、青木さんの右手がある。そして、その手は茶色い水で濡れていた…
「…今動くと、滴が床に落ちちゃうから…」
「…青木さん… …まさか、素手で…」
「うん、咄嗟の事だったから… トイレットペーパーを取ってたら、間に合わなかったし。」
 狭い洗面器の上では、逃げ場が無い。手を離した時に汚れてしまい、滴が零れないように洗面器の内側に手を置いていたのなら、その後に出たのは、全部手に掛かってた…? 私はトイレットペーパーを取って、青木さんに渡す。青木さんは、まず右手を拭いて、それから私のお尻を拭いてくれる。さっきみたいに優しく、とても丁寧に…
「じゃあ、洗って来るから、少し待っててね。」
「…うん…」

「…ごめんなさい… …汚かったでしょ?…」
 青木さんが部屋へ戻って来ると同時に、私は謝った。今度は、ちゃんと服を着て…
「ううん、そんな事無いよ。さっきの後始末も、今のも、全然汚いなんて思ってないから。」
「…そんな… …無理してそんな事言わなくても…」
 …汚くないはずなんて無いのに… …自分のでも、汚いって感じちゃうのに…
「本当に無理なんかしてないよ。正直、俺自身不思議なんだけど… 自分のでも汚いって感じるのに、高山さんのだって思うだけで、全然汚く感じないんだよ…」
 その言葉と同時に、私は青木さんに抱きついた。 …本当なんだよね?… …無理してないんだよね?…
「青木さん、ありがとう… 大好きだから… もう、絶対に離れないから… ずっと、信じていけるから…」
 青木さんは、そんな私を抱き返してくれた。 …青木さんに大好きって言ってもらって、私からも大好きって言えた… …今やっと、私達の心が完全に通じ合えたように思える…
「…」
 …しばらく抱きあった後で、私は顔を上げた。目の前には、青木さんの顔が… …このままキスしたかったけれど、さすがに気まずかった。ちょっとだけ、落ち着く時間が欲しかった。だから、私は…
「…青木さん、さっきのお話の時に、『そばにいた男の子が心配して声を掛けてくれた』って所で、何で驚いたの?…」
 …私は青木さんに、さっきから気になっていた事を聞いていた…
「それは… …俺は今まで、何人かの女の子と付き合った事があったんだけど、いつも1ヶ月も続かなかったんだ。3年前の夏、中学生の頃に初恋をしたんだけど、その女の子の事が頭から離れなくて、そこを見透かされたみたいでね。俺自身、もう吹っ切ったつもりだったのに…」
 …青木さんも、恋が出来なかったんだ… …けど、どうしてこんな、昔の恋の話を?…
「…そうなんだ… …でも、私はそんな事感じなかった…」
「うん、それはちょっと訳があってね… その初恋なんだけどね、一目惚れだったんだ。楽器の整備品を買いに行こうとして、快速電車の前から2両目の車両に乗ろうとした時の事だったんだけど、隣の先頭車両に乗ろうとしていた白いワンピースの可愛い女の子が目に入ったんだ。その子はそのまま電車に乗っちゃったから、名前も何も分からなかったんだけどね。」
 …青木さんの事信じてるけれど、他の女の子を好きになった時のお話なんて、やっぱり嫌… …少し、デリカシー無いよ… …今まで青木さんと別れた女の子も、こんな気持ちだったのかな?…
「電車の中は満員でギュウギュウ詰めだった。けど、発車してしばらくしたら、その子が隣の車両から人を掻き分けながら、ゆっくりとやって来たんだ。でも、お腹を押さえてて、顔色は真っ青で、とっても辛そうだった。俺は『キミ、具合悪そうだけど、大丈夫?』って声をかけたんだ。その子は頷いて、更に後ろの車両へ歩いていこうとしてた。その時、急に電車が大きく揺れたんだ。その子は立ち竦んでから、崩れ落ちるみたいに座り込んじゃったんだ…」
「えっ!? …それって、まさか…」
 …まさか、私!? …じゃあ、あの時助けてくれた男の子って?… …青木さんの初恋の人って?… …薬局で初めて会った時、見覚えがあるって感じたのは… …さっきから、青木さんの言葉を、時々懐かしく感じたのは…
「満員のはずなのに、周りの人は急に引いていった。俺は慌ててその子の肩を揺さぶって声をかけたけど、その子から出てきた言葉は、絶叫だった… 電車は次の駅で急停車して、駅員さんが女の子を降ろそうとしたから、俺もその子に肩を貸して、一緒に降りたんだ。 …好きになった女の子だったから、放っておけなかったんだ…」
 …そう、あの時、その男の子が肩を貸してくれたんだ… …『汚れちゃうよ?』って私が小声で言ったら、『大丈夫、気にしないでいいから。』って… …その後、その男の子とは別々の部屋に連れて行かれて… …駅員室でシャワーを貸してもらって、女の駅員さんが買って来てくれた服に着替えて… …その後、駅員さんに色々と聞かれて、私は全部話しちゃったんだ…
「その後、俺も駅員さんに色々聞かれたんだ。それが終わった後で、俺は『同じ駅で電車に乗るのを見たから、その子をその駅まで送っていく』って駅員さん言ったんだ。けれどその子は、ひとりで帰るって言って、先に帰っちゃったらしいんだ。」
 …駅員さんから、『さっきの男の子が、乗車した駅まで送っていってくれるって』とは聞いていた。けれど… …けれど、誰にも、その男の子にも、今の事を覚えていて欲しく無かった。早く忘れて欲しかった… …ここで送っていってもらったら、もっと印象が強くなって、忘れにくくなっちゃう… …だから、『…後で、ひとりで帰ります。その子には、先にひとりで帰ったって伝えてください…』ってお願いしちゃったんだ… …本当は、謝って、お礼を言わなくちゃいけなかったのに…
「結局、その子の事は、名前も何も分からなかった。その後何回か同じ電車に乗って探したけれど、結局会えなかったんだ。」
「…ごめんなさい… …あの時、恥ずかしかったし… …あの事を早く忘れて欲しかったから… …私、嘘を… …本当は、まだ駅員室にいたのに…」
 …あの時、私がちゃんとお礼を言って謝って、送っていってもらっていれば、私達は、もっと早く結ばれていたかもしれない… …青木さんも、初恋をずっと引きずって苦しむ事も無かったのかもしれない… …私も、もっと早く救われていたかもしれない…
「謝らなくてもいいんだよ、もう昔の事だし… もう、どうしようもないから忘れようって思って、吹っ切ったつもりだった。けれど、完全に忘れきれなかったみたいで、それから今まで、女の子と満足に付き合う事が出来なかったんだ。 …でも、今は、それで良かったと思ってる。そのおかげで、こうして高山さんと恋人同士になれたんだから…」
「…いつ、それが私だって気が付いたの?… …ひょっとして、初めから?…」
「ついさっきだよ。高山さんの話を聞いて、やっと分かったんだ。だから、驚いちゃって…」
 青木さんの初恋の人、そして今の私。両方とも『私』だったんだ。だから、『他の人の事を想っている』なんて感じなかったんだ… …でも、青木さんが見ていたのは、ひょっとして昔の、汚れる前の…
「…大丈夫だよ。告白された時から、今の高山さんの事しか見ていないから。初恋の女の子を重ねて見ていた訳じゃないから…」
 私の表情を読み取ったのか、青木さんはそう言ってきた。 …うん、今なら、それが嘘じゃないって分かる… …青木さんの事を、信じているから…
「…青木さん…」
「…高山さん…」
 今度は、ちゃんとキスをする… …ファースト・キスのやり直し… …青木さんの優しさと、温もりが伝わって来るみたい… …とっても幸せで、ずっとこうしていたい… …でも、キスと同時に、何かの味が私の口に入ってきた。 …これは、もしかして…
「…青木さん、唇…」
「…えっ? あっ…」
 青木さんの唇に、少し血が滲んでいる。私がさっき藻掻いた時に、私の歯で切っちゃったんだ…
「…ごめんなさい… …大事な唇なのに…」
「大丈夫、これくらいすぐに治るよ。でも、大事な唇って?」
「…青木さんを神代薬局で初めて見かけた時に、言ってたから… 『トランペッターにとって、唇は一番大事な場所』だって…」
「…恋人になる前の、しかも他の人に言った事まで、覚えてくれてたんだ…」
「…うん… …青木さんの事を好きになった時の事だもん、忘れられないよ…」
「ちょっと練習の時に痛みそうだけど、すぐに治るから大丈夫だよ。それに…」
「それに… …何?」
「それに、こんな傷の事より、高山さんの事の方が心配だから…」
「…青木さん… …ありがとう…」
 私たちは再び抱き合い、唇を重ねた。私は、青木さんの唇の傷を舐め続ける。これで消毒になってくれれば、これで少しでも早く治ってくれれば…


・終章
 …気が付くと、部屋の中は異臭で満ちていた… …そうだよね、あんな事やっちゃったんだから…
「青木さん、ちょっと部屋から出ない…?」
「どうしたの? 突然…」
「…ごめんなさい。部屋の空気を入れ換えたくて… でも、窓開けると寒いから、その間別の部屋で…」
「そうだね。それじゃあ、行こうか。」
「うん…」
 私達は窓を全て開けてから、部屋を出た。とりあえず、1階のリビングへ…
「…あれ?」
「…えっ?」
 リビングのテーブルの上には、ふたり分のシャンパングラス、同じくふたり分のお皿とフォーク、ケーキナイフが並んでいた。 …一体、誰が…?
「高山さん、これ…?」
「ううん、私じゃない…?」
 よく見ると、テーブルの上には、封筒が1枚置いてあった。宛名は…私? 慌てて封を切って、中に目を通す。
『志乃ちゃんへ 今日はお仕事で一緒にいられなくてごめんなさい。青木君とのデート、うまくいくといいね? きっと青木君なら大丈夫だから、無理しないでね? 愛し合う恋人に、ささやかなクリスマスパーティーを送ります。冷蔵庫を開けてみてね。 (まだ高校生だから、お酒は駄目よ。) お父さんとお母さんより』
 …お父さん、お母さん、ありがとう…
「青木さん、ちょっと手伝って?」
「う、うん…」
 青木さんと一緒にキッチンへ行き、冷蔵庫を開ける。その中にはケーキの箱と、シャンパン風のジュースの瓶が入っていた。 …このケーキの箱って、『ツー・ラビッツ』の…
「…高山さん?」
「お父さんとお母さんからのクリスマスプレゼント… …『愛し合う恋人に、ささやかなクリスマスパーティーを』だって…」
「…お父さんとお母さん、とってもいい人だね… …高山さんを見ていて、何となくそう思っていたけど、当たってたよ…」
「…うん、ありがとう… それでね、ひとりじゃ1回で運べないから…」
「いいよ。一緒に運ぼうね。」
 青木さんがケーキを、私がジュースを持って、ふたり並んでリビングへと向かう。青木さんは、ケーキをテーブルの真ん中において蓋を取って、席に着いた。 …生クリームとチョコレートのダブルケーキ。上には、サンタに扮装した白と茶色の兔のメレンゲが、まるで恋人同士のように… …このケーキって、お店の一番人気の… 私は、自分の椅子とグラスとお皿を動かして、青木さんの左隣に腰を下ろした。
「…ごめんなさい… …近くにいたいから…」
「そんな事で謝らないでいいんだよ? 俺も嬉しいから…」
 席に着いた私の肩を、青木さんが左手を回して引き寄せた。そして、私達はピッタリくっついた…
「あっ… …え、えっと、ケーキ切らなくちゃ…」
「うん…」
 私がケーキナイフを取ると、マサト君の右手が私の右手に添えられる。そして、左手は肩から腰に…
「…あっ… …マサト君?…」
「一緒に、ね?」
「う、うん… …一緒に…」
 そうして私達は、ふたりで一緒にケーキを切っていった。 …これって、ケーキカットみたい… …まるで、結婚式みたい…
「しのちゃん、今はまだ無理だけど… …俺達が大学を卒業して就職したら、みんなの前で、これをやろうね?」
「…えっ? それって…」
 …ケーキカットをみんなの前でって、もしかして結婚式?… …それって、ひょっとして、プロポーズ!? …嬉しい、嬉しいよ… …あっ、また涙が…
「…駄目、かな?…」
「…ううん、絶対やろうね? …約束、ね?…」
 笑顔で答えたいけれど、嬉し涙が止まらなくて、泣き笑いで答えちゃう…
「うん、絶対に…」
「…マサト君…」
「…しのちゃん…」
 私達は、再び唇を重ねた。私の嬉し涙が止まるまで… …あれ?
「…あ、あれ? 名前…?」
 気が付くと、私達は自然に名前で呼び合っていた。今までは名字だったのに、何も意識する事なく名前で… まるで、ずっと昔から恋人だったみたいに…
「高山さ… しのちゃん、これからも名前で呼び合おうよ? そのうち、同じ名字になるんだから…」
「…うん、青木さ… マサト君…」
 …一度意識しちゃうとちょっと呼びにくいけど、きっとすぐに慣れちゃうよね?… …これからも、ずっと名前で呼び合っていこうね?…
 マサト君がグラスにジュースを注いで、ひとつを手に取った。私も、もうひとつのグラスを手に取る。
「マサト君、乾杯しようよ?」
「うん、しのちゃん。乾杯する事が色々あるから、ひとつずつね?」
 私達は、グラスを掲げた。そして…
「…聖夜に…」
「…恋人同士になって、1ヶ月目の記念日に…」
「…本当に、ふたりの心が通じ合えた記念日に…」
「…そして、ふたりの婚約記念日に…」
『…乾杯!!』


−終−

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