SPACE銀河 Library

作:水薙紫紋

即 効 薬

即効薬 第六話 誤解 Side-A


・序章
「…あ、あの…」
「あ… 瑞穂理奈さんですか?」
「は、はい… 倉田秀行さん、ですよね…?」
「は、はい。その手紙の差出人です。 …俺の事、覚えていますか?」
「は、はい… 本屋でぶつかって、助けてくれて…」
「はい、そうです。 …良かった。覚えていてくれて…」
『…』
「あ、あの、大事な用事って…?」
「実は… 瑞穂さんの事、あの時からずっと憧れていました。お願いします。俺と付き合ってください。」
「えっ!? ほ、本当ですか?」
「もちろん本当です。冗談なんかじゃ無いから。 …その、すぐに返事してとは言わないから… …そ、それじゃあ!」
「ま、待ってください! あ、あの、実は… …私も、あの時から倉田さんの事、ずっと憧れてました…」
「えっ!? そ、それって…」
「わ、私からもお願いします… 私と付き合ってください…」
「も、もちろん! 喜んで!」
『…』
「あ、あの… 倉田さんじゃなくって、秀行さんって呼んでもいいですか?」
「…そう呼んでもらえると、苗字で呼ばれるよりも嬉しいよ。俺も、理奈さんって呼んでもいいかな?」
「は、はい… お願いします…」

 俺は倉田秀行(くらた ひでゆき)。現在高校2年生。理奈さんとの出会いは、突然だった。本屋でよそ見をしながら歩いていたら、女の子とぶつかってしまった。その勢いで倒れそうになった女の子を咄嗟に支えたら、丁度抱き締めるような形になってしまって、互いにしばらく見つめ合って動けなくなってしまった。その時、その女の子の友達が呼びに来たので、その場はそのまま別れた。互いに私服だったのでどこの誰かも分からず、もう会えないかと思っていた。けれど、翌日の昼休みに、たまたま校内でその女の子を見かけたので、あちこち友達に聞いて、同学年で違うクラスの瑞穂理奈さんだという事が分かった。そして今朝、勇気を出して瑞穂さんの下駄箱に手紙を入れて、放課後に告白をした。すぐに返事をして貰うのは無理だと思っていたけれど、まさか瑞穂さんも俺と同じ想いだったなんて…


・第一章 薬局
 理奈さんと付き合い始めてから、1週間が経った。時々お昼を一緒に食べたり、一緒に帰ったり、その途中で買い物に出かけたりと、まだ浅い付き合いだけど、そうして一緒にいる時間が重なる程、更に理奈さんの事が好きになっていった。そして、ほんの少しの時間でも理奈さんと一緒にいたいと思う様になってきていた。
 そして、今日も待ちに待った終業のベルが鳴った。これからは、俺と理奈さんが一緒にいられる時間… 俺の教室と理奈さんの教室は、階段を挟んで同じ階の端と端にある。廊下に出て階段へと向かうと、いつものように階段の所で理奈さんと会う事が出来た。
「理奈さん。」
「あっ、秀行さん。」
「それじゃあ、一緒に帰ろうか。」
「…ごめんなさい。今日はこれから委員会があって…」
 そうか、委員会が… 残念だけど、しょうがないな…
「…そっか、残念だな…」
「…本当に、ごめんなさい…」
「委員会じゃあしょうがないよ。そんな事で謝らなくてもいいからね。」
「…うん… …あっ! 秀行さん、電車の時間!」
「…あっ! ご、ごめん。また明日…」
「うん、また明日…」
 その言葉の直後に、俺は駅へ向かう為に階段を駆け下りていった。学校から滝城高校前駅までは歩いて10分程。そして、電車の発車時間までは終業時間から12分しか無かった。つまり、終業と同時に駅に向かわないと、確実に電車に乗り遅れてしまう。その電車に乗り遅れると、次の電車までは30分も待たなければいけない。理奈さんと一緒にいられないのなら、出来るだけ早く帰りたいから…

「…あっちゃー…」
 学校から全速力で走り、駅に着くと同時に、電車は発車してしまった。理奈さんとは一緒にいられないし、電車には乗れないし、今日は何か運が悪いな…
「…しょうがないか…」
 俺は時間を潰すために、駅前のコンビニに入った。飲み物と雑誌を買って… といきたいのだが、あまり金が無いので立ち読みで済ます。そうしてしばらく時間を潰し、次の電車の発車まで残り5分となった。俺は雑誌を棚に戻し、コンビニを出ようと…
「…ん?…」
 コンビニの外に理奈さんがいた。俺の事には気が付いていないみたいで、駅へと歩いていった。そっか、委員会が終わったんだ。思ったより早く終わったんだな。それじゃあ、これから一緒に…
「…あれ?…」
 …委員会が早く終わった。それはいいとしよう。だったら何で、理奈さんはここにいるんだ? 理奈さんの家は、学校と駅のちょうど中間位の場所にある。家に帰るだけなら、駅に来る事は無い筈だ。だったら、何で…
「…よし。」
 俺はコンビニを出て、そっと理奈さんの後を付けた。ただ理奈さんに聞けば良い事だとも思ったが、何となくそれは出来なかった…

 …理奈さんはそのまま電車に乗り、俺が降りる駅を通り過ぎ、更にその先の駅で降りた。そして、理奈さんは商店街へと歩いていった。 …商店街? …ひょっとして、夕飯の買い物? …いや、それは無いな。それだったら、滝城高校前駅前にちゃんとスーパーがあるんだから。 …でも、だったら何でこんな所に?
「…ん?」
 突然、理奈さんの足が止まった。 …バレた? 俺が慌てて脇道に身を隠すと、理奈さんは辺りをキョロキョロ見回した後で、慌てて目の前の店に入っていった。 …薬局? 薬局も同じく滝城高校前駅に大型店舗があるのに… 俺は脇道から身を乗りだして、理奈さんの様子を探る事にした…

 理奈さんが店に入ると、薬局のカウンターにいた人が、理奈さんに声を掛けた。ここからではよく見えないけれど、俺と同い年くらいの男みたいだった。そして、理奈さんがカウンターに近付いていく。近付くにつれて、理奈さんの顔が真っ赤になっていった。
「…?」
 …真っ赤に? そして、カウンターにいる男と二言三言会話を交わすと、その男は後ろにある棚から何かを取りだして、カウンターに置いた。それから、理奈さんは財布を取り出して、お金を渡したみたいだ。
「…」
 …ひょっとして、ただの買い物? でも、それだったら、何でわざわざこんな所まで? それからまた、理奈さんとその男は会話を交わす。突然、理奈さんの表情が変わった。何か、とても驚いているようだ。でも、男が何かを言ったら安心したみたいで、いつもの表情に戻った。ふたたび会話が始まり、理奈さんがポケットから何かを取り出して男に渡した。 …あれは、ピンク色の封筒? …何かの手紙?
「!?」
 ま、まさか、ラブレター!? そ、そんな… …俺がいるのに、何で?… その男は、封筒を開け、中の手紙に目を通した。それから、紙袋と細かい何か…多分、お釣り…を理奈さんに渡した。理奈さんはそれを受けとって、カウンターに背を向けた。だが、男が何か声を掛けたみたいで、すぐに振り返った。理奈さんはその場で深呼吸をして、落ちつきを取り戻そうとしているみたいだった。だが、男が何かを言うと、さっき以上に真っ赤になってしまった。それから、ふたりは見つめ合い、段々と顔が近付いて…
「!?」
 ま、まさか、キス!? 嘘だ! まだ、俺とはした事すらないのに!!
「…?」
 だが、ふたりの顔が触れ合うちょっと前に、男が何かをしたみたいだ。それと同時に、理奈さんが笑い転げる。笑い声がここまで聞こえて来る位の大きな声で… それを境に、理奈さんの顔色も落ちついたみたいだ。しばらく楽しそうに男と会話をして、それから店を出た。
「…一体…」
 …今のって、一体どういう事なんだ?… ええと、理奈さんが俺に内緒でこの薬局に来て… あの男と、恥ずかしそうに会話をして… ラブレターを渡して… 帰ろうとした所を男に引き止められて… それから、キスをして… 大笑いしてから、楽しそうに会話をして店を出た…
「…ま、まさか…」
 俺は理奈さんに手紙を渡し、告白した。その場は帰ろうとしたけれど、理奈さんに引き止められて、理奈さんに告白された…と言うか、その場でOKの返事を貰った。 …似ている。あまりにも似すぎている… …それじゃあまさか、理奈さんがあの男に告白した?… …そして、その場でOKされた?… …そして、その場でキスをして… …つまり…
「…浮気?…」
 …理奈さんが浮気?… …あの男に、傾きかけている?… …いや、ひょっとしたら、もう既に俺の事よりもあの男の方が好きに?…


・第二章 疑惑
 理奈さんは、薬局を出てから駅の方に向かって歩いていた。そして、俺の隠れている脇道の前を通りすぎて…
「今の人って、新しい恋人?」
「!?」
 その時、俺は思わず理奈さんに声を掛けていた。理奈さんはビクッて震えて、俺の方を見た。
「…ひ、秀行さん… …ど、どうしてここに?…」
「…ごめん… …駅で理奈さんの事を見掛けて、気になって後を付けてきたんだ… …でも、こんな…」
「…えっ? こんな、って?」
「…あの薬局にいた男の事、好きになったの?」
「えっ!?」
 理奈さんは、その俺の言葉に、真底驚いたみたいだった。
「そ、そうじゃないんです。ただ、買い物に来ただけですから…」
「…俺の事を騙してまで? …薬局なら、理奈さんの家の近くにもあるのに?」
「…そ、それは…」
「…俺よりも、あの男の方が好きになったの? …それなら…」
「…そ、そうじゃないんです…」
「…じゃあ、何で? …ちゃんと説明出来る?」
「…」
 その途端、理奈さんは真っ赤になって俯いてしまった。
「…秀行さん… …ちゃんと、全部説明しますから… …でも、誰にも聴かれたく無いから、ここじゃ駄目です…」
「…それじゃあ、俺の家で…」
「…」
 理奈さんは、無言で肯いた…

 再び電車に乗って1駅戻り、15分程歩いた所で俺の家に着いた。住宅街にある一戸建てのまだ新しい家。去年の春に完成したばかりだが、完成と同時に親父は会社から転勤を言い渡された。本来なら家族で引っ越すところだったが、俺の高校入学が決まっていたために、親父はやむなく単身赴任をしている。そして、お袋はパートに出ているために、この時間帯は俺ひとりになる。俺は、ポケットから財布を取り出し、そこに付いている鍵で玄関を開けた。
「…さあ、どうぞ。」
「…お、おじゃまします…」
「あっ、今は誰もいないから。」
「…そ、そうなんですか…」
 誰もいない家に恋人とふたりっきり。本来であれば心が弾むはずなのだが、俺の心は沈んでいた。リビングに入り、理奈さんに椅子を勧める。そして、俺は少しでも落ち着こうとして、台所に行って紅茶を入れた。紅茶の入ったカップをふたつ持ち、ひとつを理奈さんの前に置き、もうひとつをその隣の席に置いて、俺も椅子に腰を下ろした。
『…』
 …そして、ふたりの間に沈黙が落ちた。話を切り出さなければいけないのだけれど、その結果が怖くて、なかなか切りだせない…
「…どうして、俺を騙してまであの薬局に行っていたの?」
 …結果は怖かったが、その間の沈黙も怖かった。沈黙に耐えられなくなった俺は、ようやく話を切り出した…
「…そ、その… …ですから、買い物に…」
「買い物? 薬局なら、理奈さんの家のすぐ近くにもあるじゃないか。わざわざ時間と電車代を無駄にしてまで、あんな所まで行く必要ないんじゃないの?」
「…」
「…やっぱり、言えないんだ…」
 …そうか… …やっぱり、浮気をして…
「…あ、あの…」
 理奈さんは何かを言いかけ、それから鞄を開けて紙袋を取り出して、おずおずと俺に差し出した。
「…こ… …これを、買いに行っていたんです…」
 俺はその紙袋を受けとり、開けた。袋の中には青い箱が入っていた。そしてその箱には、はっきりと…
「…浣腸?」
「…は、はい… …今、ちょっと便秘になっちゃっていまして…」
 俺は、つい声に出してそう言ってしまった。理奈さんは、真っ赤な顔で肯いて、そのまま俯いてしまった… …でも、わざわざこれを買う為だけに、あの薬局まで?…
「でも、わざわざあんな遠くの薬局まで行かなくても。薬局なんて、近くにも大きな店があるんだから。」
 俺は、理奈さんに紙袋を返しながら、そう聞いてみた。
「…でも、これを買うの、すごく恥ずかしいですから…」
「恥ずかしいって… そんなの、何処で買っても同じだと思うけど?」
「…前に、これを買うために、友達とあの薬局に行ったんです… …お店で初めて知ったんですけど、あの薬局にいた男の子は、別の友達の恋人だったんです… …だから、神城さんとは…あっ、あの薬局の男の子とは、ただの友達で… …他のお店に行って、店員さんに知られちゃうより、もう知られちゃっている神城さんのお店で買った方が恥ずかしくないと思って… …それに、あのお店は空いてる事が多いみたいですから、他のお客さんにも見られにくいし…」
 理奈さんは、更に真っ赤になりながら、蚊の鳴くような小さな声で説明してくれた。 …なるほど。そういう事だったのか… …確かに、浣腸を買うのはちょっと恥ずかしいだろうし、それを買ったという事を知っている人が増えると思うのも恥ずかしいだろう。他の客がいないというのも、なんとなく分かる。しかし…
「…それだったら、下剤にすればいいじゃないか。浣腸じゃなくて。」
 俺には、どうしても納得出来なかった。わざわざ遠くの薬局まで行って恥ずかしい薬を買わなくても、近くの薬局でそんなに恥ずかしくない薬を買った方が、断然早くて安いのに…
「…だって、浣腸だとすぐに効くけれど、下剤だといつ効くか分からないから、授業中とか通学中とかに効いてしまったらとか思うと、怖いんです… …それに、浣腸の方が気持ちいいから…」
「えっ!?」
「!!」
 理奈さんの突然の発言に、俺は驚いて大声を出してしまった。理奈さんはその声にビクッて震えた。
「…理奈さん、今、何て?」
「さ、さよなら!!」
「理奈さ… うわっ!?」
 俺は自分の耳を疑って、理奈さんに聞き直そうとしたが、理奈さんは玄関へと向かって駆け出していった。慌てて追い掛けようとしたけれど、理奈さんの座っていた椅子に足の小指をぶつけ、派手にひっくり返ってしまった。何とか顔を上げ、涙の滲む目で理奈さんを追うと、丁度玄関が閉まるところだった。 …そして、俺はひとり取り残された…


・第三章 苦悩
『…それに、浣腸の方が気持ちいいから…』
 …確かに、理奈さんはそう言った。絶対に、俺の聞き間違いなんかじゃない。
「…理奈さんが… …まさか…」
 そんな… まさか理奈さんが、そっちの趣味の持ち主だったなんて…
「…そんな…」
 …昔見たアダルトビデオの内容が、俺の頭の中を過ぎった。そのビデオは、友達から借りた数本の中に混じっていた物で、気は進まないものの、せっかく借りたんだからと興味本位で見てしまった。女性ふたりが互いに大きな注射器みたいな浣腸をし合い、互いの体に掛け合ってから、互いの体に擦り込む用に手で伸ばし合い、それから舌で…
「…うっ…」
 …思い出しただけで、気分が悪くなってきた…
「…理奈さん…」
 …こんな状態で、俺はこれからも、理奈さんを好きでいられるのか?…

 翌日。終業のベルが鳴って礼が終わると同時に、俺はダッシュで教室を飛び出した。そして、まだ誰も来ていない階段を駆け下り、校外へと飛びだしていった。 …今日は、一度も理奈さんと会っていない。階段の所でも会えなかった…
「…理奈さん、ごめん… …また後で…」
 その場にいない理奈さんに、俺は謝った。理奈さんと会う前に、今日はどうしてもやっておかなければいけない事があったから…

 滝城高校前駅の近くにある、大手チェーン系列の大型薬局。そして、理奈さんの家に一番近い薬局。俺は意を決して、薬局の自動ドアを潜った。
『いらっしゃいませ、こんにちは。』
 自動ドアの開く音に反応してか、店内のあちこちにいる店員さんが一斉に挨拶してきた。店員さんが全員、俺の事を見ている… …そんな事はない、錯覚だと分かってはいるのだが、その不安と恥ずかしさは完全に払う事は出来なかった。
「…えっと…」
 そして、俺は目的の物を探し始めた。多分、あれは胃腸薬の棚に… そう思って、俺は胃腸薬の棚へと向かい、その前に立った。
「…」
 …な、何でだ? 何でこんなに恥ずかしいんだ? 普段なら、こんな事何でも無いのに… そう思いながら、俺はその棚をザッと眺めた。目的の商品は、棚の一番下に置かれていた。俺はそれを手に取ろうと…
「…」
 手に取る為に屈もうとして、周りに何人か人がいる事に気が付いた。 …駄目だ。こんな情況じゃあ、買うどころか、手に取る事さえ出来ない… 俺はそのまま棚の前から立ち去った。それから店内を少し歩いて時間を潰し、再び胃腸薬の棚の前へと行くと、また人がいたので、また時間を潰し… そんな事を何回か繰り返していると、胃腸薬の棚の辺りの人通りが跡絶えた。 …よし、今だ… 俺は冷静さを装って胃腸薬の棚の前で屈み込み、目的の商品の中から一番手前にあったひとつを手に取った。同じ商品は何種類かあったが、選んでいる余裕など無かった。そして、そのままレジへと…
「…うっ…」
 2台あるレジには、既に両方とも先客がいた。それも、3人づつ… 一瞬、商品を棚に返して、レジが空くまで待とうとも考えたが、既に胃腸薬の棚の前には、何人か人がいた。俺はしかたなく、レジに近付いていった。他の人から商品が見えないように、手で隠すように持って… レジの係の人は、片方は中年の男の人、もう片方は中年の女の人だった。 …女の人に見られるより、男の人に見られる方が恥ずかしくないな… 俺はそう思って、男の人がいるレジの方へと列んだ。そのレジの係の人は手際が良いみたいで、もう片方のレジよりも早くお客さんが捌けていった。こっちに列んで正解だったな… そして、俺の番まであとひとりになった時…
『業務連絡、業務連絡。瀬能店長、外線1番をお取り下さい。瀬能店長、外線1番をお取り下さい。』
 突然、店内放送が流れた。 …何だ、電話の呼び出しか…
「店長、私が替わりますので。」
「すまない、木村君。悪いけど、後は頼んだよ。」
 …えっ!? さっきまでレジを売っていた男の人は、突然女の人と入れ替わってしまった。今度レジに入った人は、大学生位の女の人だった。しかも、隣のレジの人よりも若くて奇麗な人… …ひょっとしたら、俺と2〜3歳位しか違わないんじゃあないか? ま、まずい… これは、隣のレジに列ぶよりも恥ずかしいかも…
「はい、丁度お預かりします。ありがとうございました。お大事にどうぞ。」
 そして、俺の前にいたお客さんの会計が済み、遂に俺の番が回って来てしまった…
「いらっしゃいませ。こんにちは。」
 レジの女の人が、優しく頬笑んで挨拶をしてくれた。普段ならどうって事無い筈なのだが、俺は恥ずかしさのため、顔に血が上っていった… そして、真っ赤な顔をしたまま、商品をレジにおいた。レジの女の人は、その商品を手に取ろうとして、一瞬手が止まった…
「はい、898円が1点。」
 だが、手を止めたのはほんの一瞬だった。手早くレジを通して、外から見えないように手際良く紙袋に入れて封をしてくれた。
「合計、898円になります。」
 俺は、少し震える手で、お金をトレイに入れた。
「はい、1,000円お預かりしますので、102円のお返しになります。ありがとうございました。お大事にどうぞ。」
 レジの女の人が、お釣りとレシート、そして紙袋を笑顔で渡してくれた。俺はそれを受け取って、慌てて店を出た。そのままダッシュで走り抜け、近くの路地に隠れて、やっと一息ついた…
「…ま、まさか、こんなに恥ずかしいなんて…」
 …今の女の人、俺がこれを買った事をどう思っているんだろう?… …ひょっとして、しっかり顔を覚えられたのかな?… …もう、あの店には恥ずかしくて買い物に行けないかも…
「…理奈さんも、こんな思いをするのが嫌で、あの薬局に…」
 これを… …浣腸を買う事が、まさかこんなに恥ずかしかったなんて、思っても見なかった…
「…っと、こんな事している場合じゃないな…」
 俺は慌てて紙袋を鞄に仕舞い、再び走り始めた。次の目的地は… …理奈さんの住んでいるマンション…

 マンションの前に着いた時、そこには理奈さんの姿は無かった。薬局で予想外に時間が掛かったので、ひょっとしたらもう家に帰っちゃってるのかな…?
「…困ったな…」
 俺は、まだ理奈さんの家に行った事が無い。だから、理奈さんがこのマンションに住んでいる事は知っていても、何号棟の何号室かは全く知らなかった…
「…でも…」
 それでも、俺はどうしても理奈さんに会って、話さなければいけない事があった。全ての表札を見てでも探さないと… もしかしたら、門前払いを受けるかも知れない。それでも…
「…あれ?…」
 マンションに入ろうとする俺の視野の端に、人影が映った。慌てて振り返ると、それは理奈さんだった。落ち込んだように俯いたまま、ゆっくりとこちらに歩いてきている。まだ少し距離があるので、俺の事には気が付いていないみたいだ。俺は、理奈さんの所まで走っていって、声を掛けた。
「理奈さん。」
「…えっ?…」
 俺の呼びかけに、理奈さんが驚いたように顔を上げた。理奈さんの目は、少し腫れて、真っ赤になっていた。 …俺のせいで、目がこんなになるまで泣き腫らして、こんなに落ち込んで…
「…秀行さん?… …学校から急いで帰ったって聞いたのに…」
「俺、どうしても理奈さんに話したい事があって…」
「…話したい事?…」
「ちょっと人前では… 出来れば、理奈さんの部屋で…」
「…はい… …付いて来てください…」
 そうして、俺は理奈さんとふたりで歩き始めた…


・第四章 和解
 俺は、理奈さんと一緒にエレベーターに乗って、理奈さんの家へと向かった。その間、理奈さんは俯いたまま、一言も喋らなかった…
「…こ、ここです…」
 理奈さんの足が止まったのは、マンションの5階にある一室の前だった。そして、鞄から財布を取り出し、そこに付いていた鍵で玄関を開けた。
「…お、おじゃまします…」
「…あっ、今、私達しかいませんから…」
「…えっ? そ、そうなんだ…」
 誰もいない家に恋人とふたりっきり。俺の家と理奈さんの家という差はあれど、昨日と全く同じ情況… …でも、これからは、昨日と同じにしてはいけない… 俺と理奈さんは、並んで家の中に入った。
「…そこのドアが、私の部屋です。お茶を入れますので、中で待っていて下さい…」
「…うん…」
 俺は、理奈さんの言葉に従って、理奈さんの部屋の中に入った。部屋の中には、勉強机とベッド、それと小さなテーブルがあった。ベッドの脇には、いくつかの可愛いぬいぐるみが置いてあり、その他の小物類もしっかりと整理され、可愛い物が揃えられていた。それは、清楚でお淑やかで、大人っぽさを感じさせる理奈さんのイメージとは、少し離れていた。
「…いや…」
 …俺は、まだ理奈さんの事を良く知らなかったのかもしれない。それなのに、俺は…
「…秀行さん…」
 その声に振り返ると、丁度理奈さんがお茶を持って入って来る所だった。理奈さんは、テーブルに対面するように湯呑みを置いて、その片方に座った。
「…理奈さん…」
 俺は、置かれた湯呑みを無視して、理奈さんの隣に坐った。
『…』
 …そして、沈黙が流れた… …俺から話さないといけないのに、なかなか言葉を出す事が出来ない… …ふと、水滴が落ちるような音を聞いたような気がした。慌てて理奈さんを見ると、理奈さんは俯いたまま涙を流していた…
「…お別れの言葉… …言いに来たんですか?…」
 理奈さんは、俯いたままそう聞いてきた。 …俺は、こんなにも理奈さんの事を傷付けてしまっていたんだ…
「…ごめん… …俺、理奈さんの気持ち、全然考えてなかった…」
 俺はそう言って、さっきの薬局の紙袋を理奈さんに差し出した。理奈さんは無言で受け取って、封を開けて…
「えっ!? …こ、これって…」
 中身を確認した途端、理奈さんは驚いて俺の方を見た。驚くのも無理はない。袋の中身は、理奈さんをこんなに落ち込ませてしまった原因のひとつ… 浣腸なのだから…
「俺… やっぱり、理奈さんの事、嫌いになれない… だから、理奈さんの事を信じたくて、自分でもそれを買うのを体験してみたんだ…」
「ええっ!?」
 俺のその言葉に、理奈さんは更に驚いた。 …昨日、理奈さんが逃げ帰ってから、死ぬ程悩んだ。そして辿り着いた結論は、『理奈さんの事を愛している。嫌いになんてなれない。』という事だった。それでも、『わざわざ遠くの薬局まで行って浣腸を買わなくても、近くの薬局があるんだから。』という思いは消えなかった。だから、俺自身の中にハッキリとさせる理由が欲しくて、あえて理奈さんが避けた薬局で浣腸を買って来た…
「薬局に入って、いざ買おうと思うと、胃腸薬の棚の前に立つだけでも恥ずかしかった。店の中を何往復もして、辺りに人がいなくなった時に慌ててひとつ取ってレジに向かったんだ。でも、レジには3人も会計待ちの人が並んでいたんだ。今更棚に戻すわけにもいかなくて、なるべく人から見えないように持って並んでいたんだ。それだけでも、すごく恥ずかしかった… あとひとりで俺の番になる時に、レジの係の人が替わったんだ。中年の男の人から若い女の人に… 更に恥ずかしくなって、顔が赤くなっちゃったんだけど、そのまま会計を済ませるしかなかった。係の人は普通に応対してくれたんだけど、これを買ってどう思われているのかなって思うだけで尚更恥ずかしくなって… それで、会計が終わると同時に、走って薬局を飛び出しちゃったんだ…」
 俺は、さっきの買い物の事を思い出しながら、理奈さんに説明した。話しているうちに、さっきの恥ずかしさが甦って来て、俺は顔に血が上るのを感じながら俯いてしまった…
「あんなに恥ずかしい事とは思っていなかった。男の俺でもあんなに恥ずかしいのに、女の子ならもっと恥ずかしいよね… 隠したくなって、当然だよね…」
 …今なら、理奈さんがあの薬局を避けた理由が、痛い程分かる。もう、あんな思いは絶対にしたくない。たとえ店員さんであろうとも、これ以上他の人に知られたくない…
「そ、それだけじゃないんです… あ、あの… 周りに知っている人がいるかもしれないですから…」
「えっ? 知っている人?」
 突然、理奈さんが俺の言葉を遮った。 …知っている人って、どういう事?…
「はい… あの薬局は学校と駅の近くですから、同じ学校の人もいたのかもしれない… それに、私の家からも近いから、近所の人とか…」
 そ、そうだ… 俺の場合、近所の人は関係ないけれど、同じ学校の人に見られちゃってる可能性はあるんだ! もし、見られちゃっていたら… そして、その事を言い触らされたら… その可能性に思い当たった途端に、俺は青ざめた…
「…秀行さん?…」
「…その可能性、全く考えてなかった… …こんなにも恥ずかしくて、怖いなんて…」
 だから、理奈さんは尚更あの薬局には行けなかったんだ。それで、あんなに遠い薬局へ… そして、誰にも喋らないって信頼出来る店員…親友の彼氏…がいる店なら、尚更だ…
「大丈夫ですから…」
「…理奈さん?」
 その声と同時に、俺は暖かい感触に包まれた。驚いて顔を上げると、理奈さんが、優しく俺の事を抱き締めてくれていた…
「多分、大丈夫ですから… 買う方は気にして恥ずかしいけれど、周りの人は意外と気にしていないと思いますから…」
 …確かに、普段買い物に行った時は、周りの人が何を買ったかなんて、いちいち気にしていない。それでも恥ずかしい事に変わりは無いけれど、その理奈さんの言葉を聞いて、理奈さんの温もりを感じていると、少しずつだけれども、不思議と不安が消えていった…
「…うん… …ありがとう…」
 そして、俺はそのまま理奈さんを抱き返した。手が触れた瞬間、理奈さんがピクッと震えたけれど、そのまま俺に体を預けてくれる…
「…ごめんね。嫉妬深くて、デリカシーも無くて、そのうえ短慮で… …こんな俺でも、恋人でいてくれるかな?…」
「…はい… …ずっと、恋人でいて欲しいです…」
 俺が理奈さんの耳元で囁くと、理奈さんもそう囁き返してくれた。良かった。俺の事を許してくれて… 俺の事を、好きでいてくれて… …安心したせいか、不意に涙が零れ、理奈さんの首筋に落ちた。同時に、俺の首筋にも、温かい水滴が… …理奈さんも、泣いている?… 俺はそっと涙を拭いて、理奈さんに問いかけた。
「…あの、理奈さんの事を疑っている訳じゃ無いけれど、少し教えて欲しいんだ…」
「…はい?…」
「…あの薬局で、手紙を渡していたよね? あれって…」
「前に、友達からお腹の痛くならない下剤を貰った事があったんです… それで、その時に一緒に貰った、お薬の名前とかが書いてあるメモを神城さんに見て貰ったんです…」
「それと、その後、その… …キス… …していたよね?…」
「えっ? …ああ、あれは違うんです。お店から出ようとした時に、顔が真っ赤になっちゃっていて、それを神城さんが治してくれたんです。急に顔を近付けて来て、にらめっこみたいに急に顔を崩して… それで大笑いしちゃったら、不思議と顔色が元に戻ったんです…」
 そうか… 浮気だと思った事は、全部俺の勘違いだったんだ… それなのに俺は、理奈さんの事を疑って、傷付けて… 理奈さんは、少し身じろいてから、俺から身を離した。そして、正面から俺の目を見つめた…
「…だから、これが初めてなんです…」
「…これが?… …んっ!?…」
 不意に、理奈さんの顔が近付いて来て、温かくて柔らかい感触が唇に当たった。 …えっ? キス? 俺、理奈さんとキスしてる!? 『これが初めて』って事は、理奈さんのファースト・キス… …それを、俺に…
「…もう、苦しまないでくださいね。私は大丈夫ですから… …秀行さんは、ちゃんと分かってくれましたから…」
「…ありがとう、理奈さん。俺も、もう大丈夫だから… …それと、俺も今のが初めてだったから…」
「えっ? …んっ…」
 今度は、俺が理奈さんにキスを返した… …しばらくしてから唇を離すと、理奈さんは真っ赤になって、幸せそうに頬笑んだ。そして俺の胸に顔を埋めた。俺は理奈さんを抱きしめ、優しく背中を撫でながら聞いてみた。昨日から気になっていた、もうひとつの事を…
「…昨日、使った?」
「…えっ!? …ううん… …あのまま、泣きながら眠っちゃいましたから…」
 理奈さんは一瞬驚いた後、とっても小さな声でそう答えた。 …ごめん、俺のせいで… 俺は、理奈さんを抱きしめる手に、少し力を込めた…
「じゃあ、まだお腹、治ってないの?」
「はい、今も苦しいんです… …でも、後で治しますから、心配しないでくださいね?…」
 …やっぱり、今も苦しいんだ… …それだったら…
「…俺が、してあげるよ。」
「…秀行さん?」
 理奈さんが、不思議そうに顔を上げた。
「…理奈さんが浣腸で感じて気持ち良くなれるんだったら、俺もそういう事を好きになっていきたいと思うんだ…」
「…えっ?…」
 …昨日の理奈さんの言葉を聞いて、俺はあのビデオの内容を思い出してしまっていた。思い出しただけで気分が悪くなる程の内容… …でも、そのビデオの内容を気持ち悪いと思いながらも、もしも理奈さんが望むなら、俺がしてあげたいと思っている部分も間違い無くあった。その事に気が付いて、俺はそこまで深く理奈さんを愛している事を自覚した。そして、理奈さんを嫌いになれないという事も… だから、理奈さんが望めば、あのビデオみたいに俺が… …勿論、最初から全ては無理だけど…
「いきなり全部は無理だと思うけれど、出来る限りの事はしたいから…」
「…あ、あの… …出来るだけの事、って?…」
「とりあえず今は、浣腸してあげたり、最後まで見ている位までなら… お尻の穴に指を入れたり、舐めたり、後始末とかは、そのうちに出来るように頑張るから…」
 その俺の言葉に、理奈さんは更に真っ赤になって、俯いてしまった。そして…
 ペチッ
「…えっ?」
「…おっちょこちょい… …また、勘違いしてる…」
 突然、理奈さんが俺の頬を軽く叩いた。そして、そのまま俺の頬から手を離さずに呟いた。
「…理奈さん?…」
「下剤って、効いてきてから結構長い間お腹の調子が悪いままなんです。浣腸は凄くお腹が痛くなるんですけど、すぐに全部出て、お腹の調子も下剤よりも早く落ち着きますから… それで『気持ちいい』って言っただけなのに… だから、浣腸で感じちゃってる訳じゃないのに…」
「そ、そうなんだ… 俺は、そこまで考えちゃって、すごく悩んでいたのに…」
 …結局、浮気の事だけじゃ無くて、全部俺の勘違いだったんだ… …何だか、馬鹿みたいだ。俺は、何を悩んでいたんだろう… …勝手に勘違いして、その結果更に理奈さんに恥ずかしい思いをさせただけで… 理奈さんは、さっきみたいに、俺の胸に顔を埋めた。そして…
「…ねえ、秀行さん… …女の子に浣腸するのって、興味ありますか?…」
「…うん、理奈さんにだったら、してみた… …あっ!? ご、ごめん。こんな事言うつもりじゃあ…」
 突然の質問に、俺はつい本音を洩らしてしまっていた。 …俺の馬鹿!! 理奈さんはたった今、そういう趣味は無いって言ったばかりじゃないか!! こんな事を言ったら、また理奈さんに恥ずかしい思いをさせるだけじゃあなく、今度こそ嫌われ…
「…私の事をそこまで想っていてくれていて、私にしてみたいんでしたら… …その… …秀行さんに、して欲しいです…」
「えっ!?」
 理奈さんの言葉に、俺は心底驚いた。浣腸を買った事を知られる事すら嫌で、その事で俺にあんなに傷付けられて、そっちの趣味が有る訳でも無いのに、一番恥ずかしい事を俺にして欲しいって…?
「は、早とちりしないでくださいね… 秀行さんだから、お願い出来るんです… 他の男の人には、絶対にこんな事お願い出来ませんから… …それに、本当は、自分でするのは怖いんです…」
 俺だから、お願いできる… そこまで俺の事を信頼してくれているなんて…
「…うん… …俺で良かったら、その… …してあげるから…」
「…で、でも、するだけですからね… …その後は、絶対に見ないでくださいね…」
「…うん…」


・第五章 治療
 そして、理奈さんは俺からそっと離れた。
「そ、それじゃあ、お薬を持って来ますから…」
「あっ、いいよ。せっかく買って来たんだから、これを使おうよ。」
 俺は、さっき買って来た薬局の袋から、中の箱を取り出しながら、そう言った。
「そ、そうですね… …えっ?…」
「どうしたの?」
「…そ、そんなにいっぱい…」
 理奈さんにそう言われて、俺は箱をよく見た。それは、理奈さんが昨日見せてくれた箱の2倍位の大きさがあった。薬局では慌てて買ったのでよく見ていなかったが、箱には30g×10個の文字が… …10個?
「…ご、ごめん… …恥ずかしかったから、よく見ないで買ったんだけど… …これで良かったんだよね?…」
「…は、はい… …1回に使うのは1個だけなんですけど…」
 この箱で10個という事は、昨日理奈さんが買っていたのは、おそらく5個入り。俺は別に便秘症では無いので、この浣腸は理奈さんにあげるつもりだった。そうすると、合計15個。理奈さんがどの位の頻度でこれを使うかは分からないけれど、1ヶ月に1個としても、1年分以上…
「そ、その… …他の道具、持って来ますから…」
 理奈さんは、そう言いながら立ち上がった。
「他の道具?」
「ト、トイレットペーパーと、油を… …お尻に入れる時、油を塗っておかないと、スムーズに入らなくて痛いんです…」
 そして、理奈さんは部屋から出ていった。俺は改めて浣腸の箱を眺めた。 …これを、これから理奈さんのお尻の穴に… …その、ちょっとエッチな想像に、顔に血が上り、心臓が早鐘を打つ。そして、さっき薬局で感じた以上の恥ずかしさが… …でも、この恥ずかしさは、不快な恥ずかしさでは無かった…
「…ん?」
 浣腸の箱に、説明書らしき書込があった。そこには、1回に1個注入する事、出来るだけ我慢する事、効かない場合にはもう1個注入する事と書かれていた。箱を開けてみると、透明な袋に包まれたピンクの小さい塊がいっぱい入っていた。俺は、その中からひとつ取り出して、じっくりと眺めた。こんなに小さいの1個で、本当に効くのかな…?
「…あっ…」
 後ろから聞こえた理奈さんの声に振り向くと、理奈さんは俺を… …いや、俺の手の中にあるピンクの塊を恥ずかしそうに見つめていた。
「…え、ええっと… …ここをお尻の穴に入れて、潰して入れればいいんだよね?…」
「…は、はい… …でも、入れる前に、入れる部分とお尻の穴に、油を塗って下さい…」
 そして、理奈さんは俺に近付いて来て、オリーブオイルの瓶とトイレットペーパーを俺の隣に置いた。
「…そ、それじゃあ、始めようか。でも、恥ずかしかったら、無理にしなくても、やめてもいいんだよ? 今なら、まだ…」
「…いいえ、秀行さんにして欲しいです。私は大丈夫ですから… …もしも、秀行さんが嫌だったら、無理にはお願い出来ませんけれど…」
「…俺は大丈夫だよ。理奈さんが大丈夫だったら、してあげたいから…」
 俺がそう答えると、理奈さんは俯いて、俺に背中を向けた。そして、ゆっくりとスカートを脱いで椅子に掛けた。同じように、ストッキングも… そして、理奈さんのパンティが丸見えになった。見てはいけないと思っていても、俺は目を離すことが出来なかった。そのパンティは、可愛い3羽の雛のバックプリント…
「理奈さんって、けっこう可愛いのが好きだったんだ。」
 俺は、思わずそう呟いていた。それは、部屋のイメージと同じく、俺の思っていた理奈さんのイメージとは、少し離れていた。 …そうか、これが本当の理奈さんなんだ…
「…えっ?…」
「いや、この部屋とか、そのパンティとか…」
「…えっ?… キャアッ!?」
 俺がそう言うと、理奈さんは慌ててお尻を両手で隠した。
「理奈さんがこういう可愛い物が好きだって、この部屋に来て初めて知ったよ。」
「…あの、秀行さんが考えていた私のイメージと、違いますか?…」
 理奈さんは、今にも消えそうな声でそう聞いてきた。
「確かに、ちょっと違うかな? 理奈さんは、もっと大人っぽいのが好きだと思っていたけど…」
「…こういう子供っぽいの、嫌ですか?… …だったら私、秀行さんのお好みに合わせて…」
「そうじゃ無いよ。理奈さんは理奈さんのままで良いんだよ。俺の知らなかった理奈さんを知る事が出来て、嬉しいんだ。」
 俺はそう言って、後ろから理奈さんを優しく抱き締めた。
「…秀行さん…」
「俺の知らない理奈さんの事を、もっと知りたい。そして、理奈さんの知らない俺の事も、もっと知って貰いたいんだ。」
「はい… 私も、秀行さんがこんなにおっちょこちょいでヤキモチ焼きだなんて、初めて知りました…」
「うっ…」
 その反撃に、俺は思わず呻いてしまった。 …まだ俺の事、完全には許してくれていないのかな?… そして理奈さんは、抱き締めている俺の手の上に、自分の手を優しく重ねてくれた…
「…でも、おっちょこちょいの所は少し可愛いですし、ヤキモチは私の事をそれだけ愛してくれているって思えて、少し嬉しいんです…」
「…理奈さん…」
「…でも、私の事をあんまり困らせないでくださいね? さっきまでは本当に悲しかったんですから… …私の事、もっと信じて欲しいです…」
「…うん…」
 …もう、大丈夫だよ。俺は、これから何があっても、理奈さんの事を信じていくから… …二度と、理奈さんを悲しませるような事はしないから… 恥ずかしくて声には出せなかったが、心の中でそう誓った。
「…あ、あの… …続き、お願いします…」
「…あ、うん…」
 その声で我に返って、俺はそっと理奈さんを離した。そうだ、これから… 理奈さんは俺の前で四つん這いになって、右手を浮かせた。その時…
「きゃっ!?」
「どうしたの? 大丈夫?」
 四つん這いの情態から片手を浮かせたため、理奈さんはバランスを崩し、倒れそうになった。
「…ご、ごめんなさい… …その… …全部見られるのは恥ずかしいですから、お尻より前を手で押さえていようと思って…」
 なるほど。それで右手を離したのか… …でも、どうしよう? さすがに、片手が無いとバランス悪くて危ないし…
「…そうだ。理奈さん、上半身をベッドの上に乗っけちゃってよ。そうすればバランスも悪くないし、手も疲れないと思うから。」
「…は、はい…」
 理奈さんは、俺の言葉に従って、手を着く代わりに上半身をベッドに乗せて、四つん這いに近い形になった。これなら、バランスを崩して倒れたりはしないだろう。それから理奈さんは、お尻より前の部分を、両手でしっかりと押さえた。
「…その… …やっぱり、恥ずかしいよね?…」
「…は、はい。今はまだ…」
 …今はまだ? それってつまり… その言葉に、一気に顔に血が上っていった。
「あ… じゅ、準備するから、少し待っててね。」
「は、はい…」
 俺は慌ててそう言ってから、準備を始めた。えっと、まずはお尻の穴に油を… トイレットペーパーを適当に取って折り畳み、そこにオリーブオイルを少し垂らした。
「そ、それじゃあ、お尻の穴に油を塗るから、その… …パンティ、下ろすよ?…」
「は、はい…」
 俺はそう断りを入れてから、理奈さんのパンティの縁に手を掛けた。手が触れた瞬間、理奈さんの体がビクッと震えた。そして、俺はそのままゆっくりとパンティを下ろした。パンティの縁が理奈さんのお尻の穴を過ぎ、両手で押さえている所で止まった。 …これが、理奈さんの…
「…あ、あの… …あんまり見ないで下さい…」
「あ、ごめん… …それじゃあ、塗るよ?…」
「…は、はい… ひっ! うぁっ! うぅっ…」
 俺は、理奈さんのお尻を左手の親指と人指し指で開いた。さっきよりもハッキリと見えて、思わず見とれそうになってしまったけれど、その中心に、右手に持ったオリーブオイル付のトイレットペーパーを押し当て、マッサージをするように塗り込んだ…
「くうぅっ… …も、もういいですからっ… うぁっ…」
「ご、ごめんっ!」
 その理奈さんの声に、俺は慌てて右手を離した。それから、お尻を開いている左手も… …ひょっとして、サッと塗るだけで良かったのかな?…
「…そ、それじゃあ、もうちょっと待っててね?…」
「あ、あの… …キャップを取った後で力を入れて持つと、お薬が零れちゃいますから、気をつけて下さい…」
「あ、うん…」
 俺は、袋から浣腸を取りだして、そっとキャップをはずした。そして、お尻の穴に入れる部分に、さっきのトイレットペーパーを使って、油を塗った。
「じゅ、準備できたよ… …それじゃあ、入れるよ?…」
「…は、はい… …お願いします… ひっ! ひゃっ! うぅっ…」
 俺はさっきと同じように、理奈さんのお尻を開いて、浣腸の先端をお尻の穴に当て、ゆっくりと差し込んだ。そのひとつひとつの動作に、理奈さんが悲鳴ともつかない呻き声を上げる。
「痛くない? 大丈夫?」
「は、はい。大丈夫です… …痛くは無いんですけど、凄く気持ち悪くて…」
 …確かに、普通はこんな所に何かを入れるなんて事は無いから、凄く気持ち悪いよね? 普段は、出て行くばっかりだし…
「…それじゃあ、潰すね?」
「…は、はい… くぁぁ…」
 理奈さんの返事を待ってから、俺はゆっくりと浣腸を潰した。それと同時に、理奈さんは呻き声を上げる…
「大丈夫? 痛くない?」
「は、はい。まだ大丈夫です… くうぅっ…」
 そうこうしているうちに、浣腸は完全に潰れた。俺は、なるべく薬が残らないように、更に折り畳むようにして、念入りに潰した。
「いい? 抜くよ?」
「はい… ふぁぁっ!」
 俺は、理奈さんのお尻の穴から、ゆっくりと浣腸を抜き取った。それと同時に、また理奈さんは呻き声を上げた。その声は、入れる時よりも辛そうだった。
「入れる時と抜く時って、どっちが気持ち悪いの?」
「ど、どっちも気持ち悪いです… ただ、抜く時の方が、少し辛いです… 我慢してお尻を締めているせいと、力が抜けちゃいそうになっちゃうので…」
「そうなんだ… てっきり、入れる時の方が辛いと思っていたけど…」
「…あ、あの… お薬、ちゃんと全部入りましたか?…」
「えっと… …少し、残っちゃってるよ。」
 理奈さんに言われて浣腸を確認すると、容器の中には4分の1位の薬が残っていた。あんなに念入りに潰したつもりだったのに…
「…だ、だったら、もう一度それを入れて下さい… …少し、効き始めちゃっているから、急いでお願いします…」
「あ、うん… それじゃあ、入れるね?」
「はい… ひぁっ! うくっ! …秀行さん?」
 俺は急いで浣腸を膨らませると、再び理奈さんのお尻を拡げて、ゆっくりと差し込んだ。そして浣腸を潰そうとして、ある事に気が付いた。薬の量が少ないのと、角度が悪いため、このまま潰しても理奈さんのお尻には空気しか入っていかない。浣腸を差し込んだまま動かない俺に、理奈さんが不思議そうに声を掛けてきた。
「このままだと、角度が悪くて薬が入らないんだ。恥ずかしいとは思うけど、その… …お尻、もっと高くしてくれないかな?…」
「えっ!? …は、はい… …んんっ…」
 理奈さんは一瞬驚いた後、恥ずかしそうに膝を浮かせて、俺の方にお尻を突き出してくれた。さっき以上のエッチな展開に顔に血が上り、心臓が早鐘を打つ。けれど、俺はその感情を無理矢理抑え込んだ。エッチだなんて思っちゃいけない。理奈さんは今、とても恥ずかしい思いをしているんだ…
「よし… …潰すよ?」
「はい… うぅっ…」
「今度は全部入ったよ。それじゃあ、抜くからね?」
「はい… うぁっ!」
 俺は再び、理奈さんのお尻からゆっくりと浣腸を抜き取った。理奈さんはゆっくりと膝を下ろし、慌ててパンティを元の位置に戻した。
「うぅっ… …秀行さん、トイレットペーパーを取って下さい…」
「えっ? あ、うん。」
 慌ててトイレットペーパーを渡すと、理奈さんは慌てて1回分位のペーパーを取って右手に持ち、その手をお尻の方からパンティの中に入れた。 …お尻の穴を押さえたの?
「…お尻、押さえてないと… …うぅっ… …漏れちゃいそうで…」
「…そんなに、苦しくなっちゃうんだ…」
「…は、はい… …お薬が入って来ると、とっても冷たいんですけど… …うぅっ… …すぐに、とっても熱くなって来るんです… …くうっ… そして、下痢の時よりも、凄くお腹が痛くなって来て… …くぁっ… …そ、そして、我慢出来ない位出ちゃいそうに… …くぅっ…」
 俺に説明している最中も、薬が容赦無く効いているみたいで、口調が段々と苦しそうになっていった。 …こんなに、苦しくなっちゃうなんて…
「大丈夫? 苦しいんだったら、トイレに行こうよ。」
「で、でも… …うぁっ… …出来るだけ我慢しないと、お薬だけ出ちゃって、肝心なのはほとんど… …くぁっ…」
「でも、ここで限界まで我慢すると、動けなくなっちゃうかもよ? 取りあえず、トイレに行って、そこで我慢しようよ?」
「…は、はい… …うぅっ…」
 俺のその言葉に、理奈さんはゆっくりと立ち上がった。俺は理奈さんに肩を貸し、ゆっくりとトイレに向かっていった。本当は急いで行きたかったけれど、その動きに理奈さんが耐えられるかどうかもあやしい状態だったから…
「…便秘の治療なんて簡単だって、薬ですぐに治るなんて、勝手に思ってた… …下剤を飲むにしろ、浣腸するにしろ、怖さと苦しさと恥ずかしさとの闘いだったんだね…」
 …俺はつい、そう呟いていた…

 …長いような短いような時間が過ぎ、俺達はトイレの前へと辿り着いた。
「あ…」
 理奈さんが安堵の声を上げた。その声と表情で、俺は昔の事を思い出していた。保育園の頃、遊びに夢中でトイレを我慢していた友達。ダッシュでトイレに向かい、入口に着いた途端に安心して… …今の理奈さんは、その時の友達にそっくりに見えた。
「まだだよ、理奈さん。」
「うぁっ!?」
 俺は慌てて声を掛けた。まだ安心させちゃいけない。まだ安心出来る場所じゃない。俺は左手でトイレのドアを開け、理奈さんに肩を貸したまま一緒にトイレへと入った。
「…ひ、秀行さん?… …うぁっ…」
 そのまま便器の前まで行き、蓋を上げる。そして、理奈さんを便器の前に立たせて、こちらを向かせた。このまますぐに腰を下ろせるように…
「理奈さん、その… …パンティ下ろして、腰を下ろすまでの余裕はある?…」
「…は、はい… …くぅっ… …ひ、秀行さん、お願いですから、この後は見ないで…」
「大丈夫、この後は見ないから。 …それじゃあ、部屋で待っているから…」
 そうして俺は、ダッシュでトイレから出て、後ろ手でドアを閉めた。そしてそのまま、急いで理奈さんの部屋へと向かった。これからの、理奈さんが聞かれたくない、恥ずかしい音を聞かないために…

 俺は慌てて理奈さんの部屋に入って、ドアを閉めた。ここまで離れていれば、聞こえないだろう。
「…」
 …心臓が早鐘を打っている。ここまで走ってきたせいだけじゃ無い。
「…今ごろ、理奈さんは…」
 …駄目だ! こんな事は考えるな! 初めてのデートの時、『御手洗いに…』と言うだけで、真っ赤になって恥ずかしがっていた理奈さんの事だ。その理奈さんが今、死ぬ程恥ずかしい思いをして、苦しさと闘っているんだ! 俺は落ち着こうとして、深呼吸をして、辺りを見回し…
「…あれ?」
 理奈さんのスカートとストッキングが椅子に掛けてあった。そうか、さっき脱いだままだったんだ。そうすると、ここに戻って来る時の格好は… 俺は、そのスカートとストッキングを手にして、理奈さんの部屋を出て、トイレへと向かった。これ以上、理奈さんに恥ずかしい思いをさせたくなかったから…

 トイレの前に着くと、丁度水を流す音が聞こえた。
「理奈さん、ちょっと待って。」
「ひ、秀行さん!? まさか、ずっとそこにいたんですか!?」
 理奈さんがそのまんまの格好で出てくるのを防ぐために声を掛けると、理奈さんが驚いて大声で聞き返してきた。ひょっとして、恥ずかしい音をずっと聞いていたと思われちゃったのかな?
「いや、今来た所だよ。部屋にスカートが置きっぱなしだったから、持って来たんだ。ここに置いておくからね。」
「あ、ありがとうございます…」
 俺は、スカートとストッキングをトイレの近くにあった洗濯機の上に置いて、慌てて理奈さんの部屋に戻った…

 しばらくすると、理奈さんが部屋に戻ってきた。俯いて、耳まで真っ赤になって…
「どう? 楽になった?」
 俺がそう尋ねると、理奈さんは駆け寄って来て、俺の胸に顔を埋めた。俺は、微かに震える背中に手を回し、優しく抱き締めた…
「はい… …でも、とっても恥ずかしかったです…」
 抱きしめた理奈さんからは、いつもと違う臭いがしたけれど、俺は気が付かない振りをした…
「…嫌、だった?… …だったら、ごめん…」
「ううん、謝らないでください。頼んだのは私なんですから… とっても恥ずかしかったけれど、少し嬉しいんです… あんな風に思っちゃっていても、それでも私の事を好きでいてくれるなんて… …でも、トイレの中にまで一緒に来ちゃうなんて…」
「…保育園の頃、友達がトイレを我慢して、ギリギリになってから走って行った事があったんだ。そして、トイレに辿り着いた途端に気が緩んで… …さっきの理奈さん、その時の友達に似ていたから、ここで安心させたらまずいなって思って… …その、ごめん…」
「…いいえ、私の方こそごめんなさい…」
 …えっ? …何で? 悲しい思いと、恥ずかしい思いをさせたのは、俺の方なのに…
「…理奈さん? 何で謝るの?」
「何でって… …だって、あんな汚い事を…」
「大丈夫。汚いなんて思っていないから… …いや、むしろ嬉しいよ。」
「…えっ?…」
「こんな恥ずかしい事まで俺に任せてくれる位、俺の事を信頼してくれている事。それと、理奈さんが楽になってくれた事もね。」
 理奈さんが、俺の胸から顔を上げた。まだ真っ赤になったままだったけれど、嬉しそうに微笑んで、目を閉じた。俺も目を閉じて…
『…んっ…』
 3度目の温かくて柔らかい感触… しばらくして、俺達は唇を離した。
「理奈さん。その… …また便秘になったら、俺に治療させて欲しい…」
「…えっ?…」
 俺のその言葉に、理奈さんは驚いた顔で俺の事を見つめた…
「…その、理奈さんの事、心配だから… …怖くてひとりで出来ないんだったら、また俺が…」
「…秀行さん…」
「…あっ、恥ずかしくて嫌だったら、無理には…」
「…いいえ、とっても恥ずかしいけれど、秀行さんだったら嫌じゃないです… …次も、お願いします…」
 理奈さんはそう答えて、再び俺の胸に顔を埋めた。俺は、その背中を撫で続けた…


・終章
 翌日。
 俺はいつもより少し早く家を出た。ちょっと遠回りして、理奈さんを迎えに行くために。黙って突然迎えに行ったら、驚くかな…?
「あっ…」
 理奈さんの住んでいるマンションの前に来ると、丁度理奈さんが出て来た所だった。ただ、理奈さんひとりではなくて、他の女の子ふたりと一緒だった。あのふたりは、確か本屋で理奈さんと初めて会った時、理奈さんと一緒にいた友達… 俺が駆け寄ろうとするのと同時に、俺に気が付いた理奈さんが駆け寄ろうとした。しかし、それより早く、理奈さんの友達のひとりが駆け寄って来た。そして、俺の前で立ち止まり、俺を睨み付けて…
「えっ…?」
「梓!?」
「アズみん!?」
 突然、その友達が腕を振り上げ、俺の頬を叩こうとした。風を切る音が耳に届き、そこで止まった。どうやら、寸止めしてくれたみたいだ。
「二度とリナを悲しませるな! 次は承知しないぞ!」
 その友達は、俺の事を睨み付けたまま、そう言った。
「ああ、もう絶対に迷わない。理奈さんの事を信じてるから。」
「…ひ、秀行さん…」
 俺はつい、昨日は恥ずかしくて言えなかった言葉を口に出していた。それから理奈さんを見ると、理奈さんは、真っ赤な顔をして、嬉しそうに俺を見つめていた。目に涙をにじませながら…
「…あ〜、もう!」
「えっ!?」
「ちょ、ちょっと梓!?」
 その友達は、突然俺の背中に回り込み、グイグイと押してきた。そのまま理奈さんの所まで行き、もう片方の手で理奈さんの背中も押す。そして俺達は、背中を押されながらふたりで並んで歩いていた…
「ほら、いつまでも見つめ合ってないで、とっとと行く! 遅刻するぞ!」
 苦笑まじりのその言葉に、俺と理奈さんは見つめ合った。そしてふたりで微笑んで、並んで歩き出す。後ろから押す手が離れても、そのまま一緒に…
「…アズみん、さっき怒ってたのって…」
「…うん。リナにじゃなくて、倉田君の事… …でも、もう大丈夫だよね?…」
「…にゅ、きっと大丈夫だよ…」
 後ろで、ふたりが小声で話しているのが聞こえる。 …もう大丈夫だよ、理奈さん。そしてふたりとも。もう絶対に、理奈さんに悲しい涙は流させないから…


−終−

NEXT

第6話 Side-B


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