SPACE銀河 Library

作:ゆりこ

登山遠足

「ウッ、ウーーッ!!」
典子は、今朝は珍しく早起きをして、トイレに籠った。言うまでもなく、便秘である。殆ど便意はないが、何とかして今朝の内に出しておきたかった。
昨日の放課後、頑張れば出そうな便意を覚えたのだが、学校のトイレでは…と思い、結局は我慢して、いつしか便意は消失した。
今朝になって、改めて後悔している。というのも、今日は遠足であり、その内容が登山である事が原因である。どう考えても、周囲にまともなトイレはないであろう。
今までの経験から、溜まれば溜まるほど、便意が起こった時のその強さは大きくなる事も解っていた。既に6日目であり、次に便意を催した時は、今までの経験から、痛みもしくは便意のどちらかが、堪え難いものになるであろう事も解っていた。
故に、いつもは朝はギリギリまで眠りこけてる典子だが、今朝は5時起きで頑張り続けているのだ。

お尻を両手で開いたり、お腹をマッサージしたり、便座の上でしゃがんで頑張ったりしたが、音沙汰はない。頑張って頑張って、1時間余り経った頃、やっと1粒の便塊が水溜まりに落ちた。出たと言うよりは、秘結部分が欠けたという表現が適切だろう。開いた穴から便が押し出される訳ではなく、露出した先端部が、たまたま欠けただけ。リング状に開いた穴から、本当に小さなかけらが落ちた。
結局、約2時間頑張り続けたものの、その1粒以外は出てこず、また、一向に便意も腹痛も起こらないため、諦めてトイレを出た。そして、学校へ向かった。
バスに乗り込み、友達と話しながらも、典子は頭の片隅で便秘の状態を気にしていた。小1時間も走ると、バスは山の麓に到着した。

クラス毎に隊列を組んで、山登りが始まった。ゆっくり登っても、3時間もあれば頂上に着くのだが、その3時間が大問題である。その間に便意を催せば、相当の修羅場を覚悟しなくてはならなくなるのだから。
なるべく気にしないようにしながら、典子は登り始めた。登っていくうちに、暑さと疲労から、頭の中は便秘どころではなくなった。汗ばむという感じから、汗だくに変わるまで、そうは時間はかからなかった。

水筒に入れていたお茶を飲みながら登り、標高が上がるにつれて、休憩の回数が増えた。ゆっくり登った8合目、典子は、下腹部が痙攣したかのような蠢きを覚えた。
「来た…」典子は、思わず眉をひそめた。だが、不幸中の幸いに、まだ痛みにも便意にも至ってはいない。

典子は、さりげなく早足になりながら、頂上を目指した。
「典子ー、速いよぉ」
友達がそう言ったが、
「もう少しだから、早く行こうよ」
と言って、早足を緩めなかった。
とは言え、余りに足を早めると、腹痛を誘発する恐れもあり、また、ゆっくり歩けば、きっと頂上に辿り着くまでに堪え難い便意に襲われるに違いない。時間の問題だ。その両方を避けるスピードで歩く必要があった。
頂上に行けば、トイレは必ずある筈だ。それを心の支えに、典子はラストスパートを調整しながらかけた。

やがて、漸く頂上に辿り着いた。そして、すぐにトイレを探し、見つけたが、それはとてもトイレと呼べる代物ではなかった。男女共同の上、汲み取りの和式。床は汚れており、便器は黄ばみ、下痢の痕跡が各便器に付き放題になっていた。更によく見ると、ドアの下の隙間は5cmはあり、横の隙間も1cm近くはある。このトイレで用を足すのは、相当の勇気が必要だろう。
かといって、他にトイレはない。小用ならすぐに終わるので、多少汚くても短時間の事だから、男子の姿がない内に済ませられそうだが、現状にあっては、とても無理。随分長い間迷った気がしたが、実際にはほぼ即決に近い形で、典子は意を決した。
幸いに、学年主任の先生への点呼を済ませたら、下山時刻までは自由時間である。急いで点呼を済ませ、典子は登ってきたルートとは別の道を下り始めた。山林の中、鬱蒼と生い茂る名も知らぬ植物と雑草。ただ、身を隠せそうな高さの茂みは見当たらない。
その内にも、汗が引いて、典子の腹部は冷え始めたのか、活発に蠕動を繰り返し、ガスが音もなく数度出ていた。気を緩めれば、間違いなくお尻の穴は開くに違いない。

どのくらい下りただろうか。右手に巨大な岩場がある。行ってみると、下りてきた道からは、身を隠せそうな感じだ。
「ここにしよう」典子はそう決めて、下を見ると、いくつかちょうどよい感じに地面が抉れているポイントがあった。
野外排泄は初めてであり、しかもそれが大きい方という事に少なからず躊躇はあったが、自宅までこの便意を我慢する事を思えば、比較にはならなかった。

典子は、左側にある石の上にリュックを乗せ、ジャージとパンツを一緒に下ろし、勢いよくしゃがみこんだ。
「ウウウヴヴググッ!」
硬い。穴は開いているが、先端が太くて硬く、素直には出そうもない。
「ウウッ、ウッ、フンッ!」
断続的に息みをかける。それに合わせるかの様に、段階的に穴径は便の太さに近づいていく。ただ、かなり太くて硬くなっているのか、なかなか便の太さには到達しない。それでも、内圧は高まるばかりである。
早く出したいが、もう少しのところで先端が止まってしまっている。無理に出そうとすれば、出口が裂けそうな感じだ。
お腹を手で押さえたり、お尻を両手で抱えたり、と、通り一遍の事はしてみたが、裂けそうな感覚から、全力は傾けられなかった。
典子は、腹圧をかけながら、右手の中指を秘部と穴の間に、左手を穴の後ろ側に回し、穴の前後を指で同時に押し、直前まで来ている便の押し出しを図った。
タイミングが合ったのか、(音がした訳ではないが)ポコッ!とした感じで、頭の秘結部が穴の外側に現れた。
こうなれば、後は時間がかかっても、頑張り続ければ出てくる。最初にして最難関が、形を崩す事なく出てきたのだから。

水分をかなり吸われた便は、硬い。形状・色は、巨大なカリン糖そのもの。典子は、足首を掴みながら声を殺して頑張り続けている。同時に、ゆっくり出てくる硬い便が起こす摩擦に、言葉にならない感覚を覚えていた。便の頭が地面に着いて、まだ切れも折れもしそうになかったので、典子は上体を思い切り前かがみにして、お尻の位置をもう少し高くした。
そして再度息みをかけ、約30cmくらい出したところで、いきなりスポンと太い便が抜けた。
「ドサッ!」
「スーーーッッ、ブルルルッ」溜まっていた硬い便が出て、その奥に溜まっていたガスが数秒出続けた。

安心したのも束の間、それからほどなく、穴の内部で熱いものが下りてきた感じがした。先程の要領で頑張るまでもなく、下痢に近いドロドロの軟便が結構大量に出てきた。お腹をさすりながら出す毎に、腹痛が弱まっていくのがはっきり判る。
しゃがみながら、典子は上体を屈め、自分の出した物を確認した。我ながら、ものすごい量である。真っ黒な便秘便に対して、多量…多分カレーのお皿1杯分くらいの明るい黄土色の軟便が、上からかかっていた。
この時点で、ほぼ腹痛は消えたが、まだ若干残っている気がした。典子は、歯を食いしばり、お腹のマッサージを続けながら今少し頑張ってみたが、絞り出される弱々しいガスと、僅かな軟便が出るのみだった。

漸く立ち上がり、ポケティでお尻を拭く。穴が目一杯広がった後にドロドロの軟便を出したためか、1袋丸々使って、ギリギリ足りた。

素晴らしくスッキリして、典子は再び皆のいる頂上まで戻る事にした。思いの他早く着いた事で、改めて羞恥を感じた。随分離れた場所でしたつもりだが、5分も歩けば行ける場所だった事が判り、自分の出した物が、この中の誰かに見られたらどうしよう、とも感じた。
気が気ではなかったが、友達とお昼を食べ、つとめて平静を装っていた。

それから小1時間も経った頃、典子には頂上からの景色を楽しむ余裕も戻っていた。すると、一緒にお昼を食べていた中の1人、瑞穂が、「お腹が痛い」と言いだしたのだった。
瑞穂も、いつも朝はギリギリまで寝ている子で、部活の朝練にはいつも自転車を全速力で飛ばして来ているし、よく学校のトイレで大便をする。典子と違い、余り我慢はしないので、便秘体質ではない。授業中でも、周りに男子がいるにも関わらず、典子やその他の友達に「お腹が痛い」と言い、結局先生に頼んでトイレに行くのが平気なタイプの子である。
ただ、ここのトイレを見て、さすがの瑞穂も引いてしまったらしい。汚いという次元の汚れ具合ではないからだ。更に汲み取り式なので、音消しもできない。特に女性にとっては、望まざる条件ばかりが揃っている。

「どうしよう〜」
これは瑞穂の口癖でもあるが、今回は本当に困っているのは、皆すぐに解った。
「我慢できない?」
「無理。もうお腹がパンクしそう」
トイレに行く様に勧める者もいたが、あのトイレではできない、と言う。
選択肢は2つ。外でするか、我慢を続けるか。
最初は、瑞穂も外での排便にかなり難色を示していたが、便意が逼迫するにつれて、悠長な事は言っていられなくなった。

「もうダメ、我慢できない!誰も来ない様に見張っててね」
そう言い残すと、瑞穂は、幸いにも典子とは別の道を下りてくれた。
ただ、瑞穂は、驚くほど近場で立ち止まり、ジャージとパンツを下ろし、近くの木に片手を添えながらしゃがんだ。これは瑞穂の癖…と言うより、足腰が固くて、上手にしゃがめないので、3点支持じゃないとぐらついてしまうのだ。支えがなければ、5分ともたないであろう。いつもは、和式トイレだと、壁に手をつくか、タンクに手を添えるか、或いはレバー式なら立上りの水道管を手摺りがわりに掴んでいる。

「プッ、ミリミリミリミリミリミリィ!」しゃがみ始めるとほぼ同時に、堪えに堪えていた繊維質混じりの軟便が一気に出てきた。お尻が下り切るまでの僅かな時間に、中華まん1個分くらいの量が出たのではないだろうか。
便秘という訳ではないが、2日半ぶりの排便になる。しかも、まだまだ出そうだ。

「あーっ、お腹痛いよぉ!」
「ブブッ、ブッ!ビビビビ……ビュッ!…ブルルルル…」ガスと共に、僅かに軟便が出る。そしてまたガスが出る。ややあって、第二波が訪れた。瑞穂は、目を閉じ、歯を食いしばった。
「ブチチチッ!ニュルニュルニュルルルッ!ブビビッ!ビーーッ!」腸の蠢きと共に、辛うじて形のある軟便・ガスが吐き出される。
それらを出し切ると、いよいよ腹痛はピーク。
「ううっ、あぁっ!」
便意に踏ん張る声と、お腹の痛みに思わず出る声とがないまぜになる。左手でぐらつきを支え、右手は丈夫そうな草を掴んだり、お腹をさすったりしている。足首は、長時間伸ばされ、そろそろ白くなり始めている。足の裏の筋も張り始めている。

一瞬、痛みが和らいだ。その次の瞬間、腸の中で生温かい感覚がした。
「シャーッ、シャシャシャーーッ!」殆ど水、ほぼ100%水の下痢である。日頃は、最後に下痢になるとしても、ペースト状の物が出て終わりである。然るに、瑞穂は大いに戸惑った。100ccも出ただろうか。出し切って、今までにないくらいの爽快感が瑞穂を包んだ。
「ああーーっ!」瞳はトロンとして、唇は半開きになっていた。
もう、中にあるかどうかは判らなかった。多分ないだろう。それよりも、この感覚にもう少しだけ浸っていたかった。
だが、現実はあくまで野外排泄である。早く戻らないと、誰かに見つかってしまうだろう。瑞穂は慌ててお尻を拭き、立ち上がろうとしたが、腰に力が入らないのと、足腰の痺れとが相まって、立ち上がれなかった。
せめて着衣だけはしようと、両膝を地面につけ、膝を片方ずつ浮かせ、どうにかパンツとジャージは履き終えた。その後、木を頼りにヨロヨロと立ち上がり、足腰の痺れと闘いながら、皆の所へ戻った。

やがて、下山の時が来て、皆駆け下りながら、バスへと向かった。バスの中では、典子も瑞穂も、それぞれがそれぞれの排泄を想起していた。
典子は、太くて硬い便を出す時特有の、一瞬、穴がめくれそうな感覚と、水分をかなり失った便が通過する時の摩擦感を思い出していた。
瑞穂もまた、限界まで我慢して、やっと出せた時の解放感と、最後に痛みがスッと引いていく時の、脱力感と瘧(おこり)にも似た震えを思い出していた。
従って、お互いに瞑目していたので、端目からは眠っている様に見えた事だろう。


初めての感覚に、これからどうなっていくのか。
秘め事として、助長していくのか。或いは、形而下では意識しないのか。
その後については、また機会があれば、綴ってみようかと思います。

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