SPACE銀河 Library

作:シリウス

ママの浣腸


 僕は小さい頃からママが大好きだった。物心付いたころから母一人子一人だった生活。一般的に大変だったろうに、我が家にそんなムードはひと時もなかった。
 ママは僕をよく可愛がってくれ、僕もママが大好きだった。学校から帰ると庭でガーデニングに勤しんでいたママが笑顔で出迎えてくれる。授業参観にも欠かさず来てくれた。晩ご飯の買い物に一緒に行き、必ず僕が買い物カゴを持つ。従姉に「紳士」を教わってからいつもそうしていた。

 そんな我が家には、他の家にはない部屋がある。玄関を入って突き当たりの和室。そこはママが僕に浣腸してくれるための部屋だ。乳離れしていない頃、僕はよく便秘をしていてママを悩ませていた。
「オムツが汚れなくていい子だったのよ」なんて訊いたときは笑っていたけど、痔になって出血した時は憔悴して、友人の女医さんの通う病院に駆け込んだみたい。特に好き嫌いもなく育って、野菜中心の食卓で暮らしていたのに便秘がちなのはかわらなかった。その時からママは僕の排便に神経質になり、一日トイレに行ってなければ浣腸して、出させられた。

 浣腸する時間は大体決まっていた。学校から帰って宿題をやり終えた夕方頃。ママが部屋に来て「今日はうんちした?」と訊いてくる。小学校では校内のトイレで大を足すなんてタブー。どんなことよりも勇気がいることだから絶対NO!家でのトイレタイムを把握しているママは「じゃぁ、うんち出そうね」と僕の手をひいて和室に連れていく。反対側の手にお湯を入れたポットを持って。ママのお気に入りのエプロンじゃなくて、白い割烹着を着ているのも浣腸のサインだ。

 和室はそんなに広くないけど西日が射して明るく暖かい。部屋の片隅には古新聞が積み重なっていて、その横に小ぶりな敷布団。古くてペッタンコな布団は、ママが小さい頃におばあちゃんに浣腸されるときに使っていたみたい。
「ママがよくおねしょしちゃってた布団なんだよー」
なんて言ってたけど、匂ったらお日さまの匂いがした。それとママ、というかなんとなく懐かしい匂い。
 普通の子は浣腸なんて嫌いで、病院ではトイレでギャーギャー泣いているいじめっ子とか見たことあるけど、うちのは特別!安心できちゃう。布団の上に新聞紙を敷いて少しごわごわするけど、ズボンとパンツを脱いで仰向けに寝る。
 ママは浣腸の準備をしている。部屋の和箪笥から取り出したのは青いガラスの浣腸器と茶色い小瓶。ママもされていた「由緒あるもの」らしい。茶色い小瓶からなにか水っぽいお薬をママは匙で測って洗面器に入れた。そしてポットのお湯を混ぜる。浣腸器のピストンを引いて押してお薬を混ぜていた。

 「準備OK!」とママがこっちに来ると、僕の足首を掴んで持ち上げる。そう、赤ちゃんのオムツ替えの時みたいに。お尻にオロナインみたいな軟膏を塗ったくる。痛くしないように。お尻の中まで塗ってくるからなんだかむずむずする。変な気持ちになったのは、それはずっと先のまた別のお話し。
 それから僕の顔を覗き込んで笑って、今からすることを説明してくれる。お尻にお薬を入れてうんちを軟らかくして出しやすくすること、少し気持ち悪いかもしれないけど動くと怪我して危ないからじっとしていること、終わってからお腹が痛くなってうんちしたくなるけどタイマーが鳴るまで我慢すること。
「じゃあ、浣腸するよ。大きく息を吸ってー、吐いてー。」
ママが持っていた青い浣腸器の先にはオレンジ色のチューブが付いていた。それを僕のお尻にゆっくり入れていく。お尻と僕の顔を交互に見るママ。チューブが入ってくるのが変な感じで呻いたらそこで手を止めて「我慢、がまんよ」と満面の笑顔で僕を励ましてくれる。少し深いところまで入ったら、「これからお薬ちゅーってするからね。がまんよー」と言ってピストンを押す。ゆっくり、本当にゆっくりと。
 ママは浣腸してる間「浣腸ちゅー」って言ってる。ピストンが底に当たるカチッて音がして、浣腸が終わる。
物心付いてた時はこれで終わりだったけど、小学校四年生からは二回繰り返して浣腸される。チューブはそのままにして、洗面器から汲み取って。この間にお腹がグルグルする感じがするからきつかった。

 浣腸が終わってもそのままの姿勢で、ママはお尻をちり紙で押さえて我慢させる。
「これから5分我慢しようね。我慢した分だけうんちがたくさん出てスッキリするからね。」
ママはこう言って時計のタイマーをセットした。秒針がなかなか廻ってくれない気がした。お尻が熱くなる感じがして、お腹がグルグル鳴ってる。お腹の中で戦争しているみたいだ。
 小さい頃は痛さで泣き出していたけど、ママはすごい人で満面の笑顔ながらも絶対に放してくれない。
僕の気を紛らわせるように、歌を歌ってくれた。民謡や流行ってた歌、お気に入りはカーペンターズのSING。

 そうしているうちにやっと5分を告げるアラームが鳴った。ママがちり紙を押さえながら僕を立たせる。トイレまで行くのは間に合わないからって、布団の真ん中に置かれたのは白鳥のオマルだった。中に新聞が敷いてあって、そこに座らせた。
 我慢の限界だった。ママがちり紙を放すとダムが決壊したみたいにまず最初にお薬がジャーって出てきた。
次にお腹の中にゴロゴロしていたうんちが出てくる。これがすごく大変で、僕はオマルの取っ手をギュッと握りしめながら必死に力んだ。ママはオマルにかがんだ僕に向かい合って、僕の手を握って励ましてくれる。僕の力むのに合わせて「うんちゃん、うんちゃん、うーん、うーん」って。
 硬いのがボトッってオマルに落ちたら、あとは軟らかくなったうんちがとめどなくオマルに叩きつけられた。ビー、ビチャ、シャー、ブリブリ、ブリュリュリュリュ。
 そんな恥ずかしい音と、すごいうんちの臭いでもママは臆することなく笑顔で励ましてくれた。
「ほーら、いっぱい出てえらいねー。もっと出るかなー。」
片手をお腹にやって優しくなでてくれる。あったかいママの手。うんちを出し切ったのかお腹の気持ち悪さがなくなっていく。大人になったときにふと気付く。あれが「手当て」なんだと。

「ぜんぶでちゃったかなー。」
ママはそう訊いて、お腹の中がスッキリしたことをいうと僕を立たせて、ちり紙でお尻を拭いてくれる。もう一回寝かせて、ポットの残りのお湯を絞ったタオルでお尻からおちんちんまで拭いてもらうとさっぱりして、お腹も軽くて、生まれ変わったみたいになる。もう一回仰向けに寝かされて、今度はお腹を触る。うんちがあったらお腹が硬いみたい。
 片付けを僕も手伝うけど、布団を畳んで元に戻して、窓を開けて換気する。浣腸器の片付け、オマルの後始末は全部ママが譲らなかった。ママは出たうんちをじっと見ていた。恥ずかしいんだけど、血が混じってないか診るんだそう。
 うんちは健康のパロメーターってママは言っていた。浣腸器とかオマルはお風呂場でクレゾールに漬けて消毒していた。お風呂に入るときまだしずくが滴るチューブがかかっていた。

 後始末が終わってから、僕らは手をつないで晩ご飯の買い物に行く。もちろん僕は荷物持ち。夢は「紳士」だから。でもママ、浣腸してたのを世間話で話すのやめてよね。はす向かいで同じクラスの郁ちゃんが聞いちゃうんだもの。


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