SPACE銀河 Library

作:えり子

持  病

 私は香谷えり子、28才、専業主婦です。主人は銀行員で、今年幼稚園に通い始めた娘が一人います。主人は転勤が多く、私たちは結婚後、この土地に引っ越してきたばかりなのです。だから、私、この町にあまり知り合いがいないんです。でも、娘が幼稚園に通い出したので、娘を通して友達のお母さん達との交流ができ始めたのでうれしいのです。
 私には今、ちょっとした悩みがあるのです。それは持病のことなのです。長年、それに悩まされてきました。その持病とは、恥ずかしいんですが、実は ”便秘” なのです。
 しつこい便秘には悩まされています。特に、生理前になるとひどいのです。薬を飲めばよいのでしょうが、薬に頼ると量が次第に増えて、多量に飲まないと効かないとか、腸が黒く変色するとか、そういう話を聞くと、下剤を飲むのは躊躇されるのです。
 もちろん、過去に下剤を服用したこともあります。外出中に突然おなかが痛くなって、おトイレを探すのが大変で、通りにあったパチンコ店に飛び込んで、かろうじて間に合ったという苦い経験もあるんです。
 だから私の対策は下剤ではなく、浣腸になるのです。これだと即効性があって、すぐ便秘が解消するのです。でも、費用がかかるので困ります。1個50円として、1年間に100個は使うので、年間5000円の出費です。ときには病院に行って浣腸をしてもらうこともあるので、費用はもっとかかります。

 便秘は浣腸のための費用がかかるという問題だけではありません。お肌が荒れるので、化粧品の費用もかかります。 費用の問題だけではありません。おトイレに要する時間が長いのです。1回、最低10分くらいはおトイレの便座に座り続けるのです。長いときは30分にもなります。おトイレでむだに過ごす時間はお金には換算できないほど貴重なのです。
 それに、もし便秘が原因で、痔になったら大変です。病院に行くのは恥ずかしいし、手術となると費用と時間が大変です。痔はまだ許せるにしても、怖いのは大腸がんです。大腸がんの患者数は今や胃がんを抜いて、増え続けているそうです。。
 また、便秘のときはイライラするので、主人や子供につい、あたってしまうので、家族に不愉快な思いをさせるのが気の毒です。便秘が原因で家庭崩壊となると、困ってしまいます。 離婚の原因はと問われて、便秘です、では笑えませんよね。家庭では主婦が明るくないとうまく行かないのです。

 便秘の傾向は小学生の上級のころからありました。5年生のとき、うんちが出なくなって、母に病院に連れていかれました。そこでは、浣腸の処置が行われました。もう5年生の女の子にとってはそれはとても恥ずかしい処置でした。処置をされてがまんする間、恥ずかしさと苦しさで、思わず涙ぐんでしまいました。しかし、うんちが出た後はおなかの苦しさが解消して、妙にすっきりした感じが印象的でした。結果として、浣腸は悪くないと思いました。
 5年生、6年生のとき、同じ病院で数度浣腸を受けました。恥ずかしさはありましたが、便秘解消のよろこびがそれを上回るのでした。
 中学生になると、便秘傾向はよりひどくなりました。特に、生理と連動していて、生理前の1週間はガンコな便秘に悩まされたのです。だから、毎月1度は病院で浣腸をしてもらわなければなりませんでした。体の形が大人に近づきつつあったので、浣腸されるときはとても恥ずかしかったです。
 この頃は思春期のため喜怒哀楽の感情が大きく、恥ずかしさも余計大きかったのです。

 便秘は高校生でも同じでした。病院での浣腸は高校生まで続きました。病院は小児科から内科に変わっていましたが、恥ずかしさは同じです。
 大学生になってからはさすがに病院通いも少なくなって、薬局やドラッグストアで浣腸を買って、自分で浣腸をするようになりました。たまに病院に行きますが、浣腸ではなく下剤を処方されることが多くなったこともあります。私の場合、下剤ではなく浣腸でなければならないのです。

 私は便秘対策を浣腸だけに頼っていたわけではありません。世間でよく言われる対策はいろいろ試しました。朝決まった時間におトイレに入る。野菜を多くとる。水を多く飲む。運動をする。おなかのマッサージをする・・・。
 便秘によいということは一通り試して、実践してきたのです。しかし、浣腸を除いては効果は今ひとつでした。
 そして、便秘の持病をもったまま私は恋愛をし、結婚をしたのです。結婚後、すぐに私の持病は主人の知るところとなりました。
 主人は私の持病に理解を示してくれ、ドラッグストアで浣腸を買ってくれることもあります。そして、ときには浣腸をするのを手伝ってくれることもあるのです。
 彼は私の浣腸を手伝うと、とても興奮するらしく、その夜は必ず私の体を求めてくるのです。いわば、浣腸が私たち夫婦の愛のキューピッド役を果たしているとも言えなくもありません。
 しばらく性の交渉がないとき、私は便秘を訴え、まず浣腸を手伝ってもらいます。それから彼と結ばれるのです。このときだけ、私は便秘に感謝するのです。

 新聞や雑誌を読むと ”健康 ” に関する記事をよく目にします。最近、” 大腸がん ” のことがしばしば取り上げられるようになりました。それによると、やはり便秘がよくないようなのです。
 私は便秘を放置しておけないきもちになりました。
「何とかしなければ・・・。浣腸に頼らずに便秘を解消したい。」
 こういう思いが日に日に強くなってくるのです。

 幼稚園に娘のゆり子を迎えに行ったとき、お友達のあい子さんのお母さんのとも子さんに声をかけられました。
「えり子さんと、ゆり子さん、私、ケーキを作ったの、家に寄っていらっしゃい。」
「えっ、おじゃましていいんですか。」
「どうぞ、あい子もお友達が来てくれるから喜ぶわ。」
 とも子さんは幼稚園の近くのマンションにお住まいでした。まず、彼女の手製のケーキをいただきます。
「シフォンケーキね、素敵、それにおいしいわ。」
「ありがとう、えり子さんはケーキをお作りになるの。」
「私はチーズが好きだから、ときどきチーズケーキをつくるのよ。」
「そうなの、実は今とっておきのチーズがあるわ。それもいかが。」
「うれしい。」
「これよ、どうぞ。」
「あっ、モツァレラね、めずらしいわ。」
「外国帰りのお友達におみやげにいただいたのよ。」
「すごくおいしいわ。」

 子供達は子供同士で本やおもちゃで遊びます。私はとも子さんと紅茶をいただきながらおしゃべりをします。
「ゆりちゃん、昨日幼稚園をお休みしたけど、どうしたの。」
「おなかが痛いというから、お医者さんに連れて行ったの。」
「どうだった?」
「単純な便秘だったわ。浣腸をしていただいて、ケロリよ。」
「そうなの。たいしたことなくって、よかったわね。」
「でもねぇ、この子の便秘は私に似て親譲りじゃないかと心配なの。」
「えり子さん、便秘なの?」
「そう、20年来悩んでいるわ。」
「私もそうよ。いや、正確にはそうだったと言うべきね。今は治ったのよ。」
「それはいいわね。治したコツを教えて欲しいわ。」
「隣の町のEクリニックを受診したの。便秘外来があるのよ。」
「そうなの。どういう治療をしてもらったの。」
「まず検査ね。検査をして治療方針を立てるの。その方針に従って患者に適した治療を個別にするのよ。」
「どんな検査なの。」
「いろんな検査があるわ。がんや痔など病気がないかどうか。それから腸と肛門の機能の検査があるの。」
「恥ずかしい検査なのね。」
「多少の恥ずかしさはしょうがないわ。でも便秘解消のための検査なのよ。」
「そうねぇ。」
「入院して各種検査をするわ。」
「私、この子がいるから入院はできないわ。」
「多分、日帰りでも検査できるはずよ。」
「よいこと教わったわ。ありがとう。」

 私は自宅に戻っても、とも子さんから聞いた言葉が気になっていました。私は家事をしながら自問・自答します。
「そんなよい病院があるなら、受診してみようか知ら。」
「でも、検査に時間がかかるのでは、入院はできないし・・・。」
「何とか、午前中にしていただくようお願いしてみようかな。」
「検査が長引いて、もし午後になるなら、とも子さんにお願いしてゆり子を預かってもらうように頼んでみようか知らね。」
「それはいい考えね。」
「時間は何とか解決しそうだわ。問題は検査に耐えられるかよ。きっと恥ずかしい検査をたくさん受けなければならないわ。それに何度も浣腸をされちゃうかも・・・。」
「浣腸なら大丈夫よ。もうこれまで何度となく経験したじゃない。つらいお産のときまでも・・・。」
「そうねぇ、浣腸は初めてのときから数回は恥ずかしかったけど、もう今は慣れっこよ。いや、逆に浣腸は実はもう病みつきになってるんじゃないの。」
「そうねぇ、浣腸しますと言われたときの何とも言えないあのきもち、悪くないわ。むしろ歓迎かも・・・。」
「それが今の正直なきもちよね。」
「検査もきっと大丈夫よ。おなかやお尻の検査もあなたは十分耐えられるわ。」
「そうね。何しろ私、お産を経験しているのよ。」
「お産は女を強くするとか言うけど、本当にそうかも。だから大抵のことは耐えられるわ。恥ずかしいとか、痛いとか・・・。」
「それに私って、少しマゾの気が少しあるのか知らね。」
「そういうわけではないでしょうけど、いつの間にかお尻への処置は好きになっちゃったわ。」
「行きましょう。便秘外来、是非検査を受けるわ。」
「私、決めたわ。来週、行く。」
「電話で予約するわ。」

 私は意を決して、とも子さんに紹介された隣町のEクリニックを訪ねます。あらかじめ電話をして、日帰りで検査を受けたい旨を告げました。すると、検査予約をしてくれて、今日、午前9時に来院するようにと言われたのです。
 検査も午前中に終わるよう、数日に分けてしてくれるそうです。入院して検査を受ける必要がないのです。

 いよいよ予約した受診日の朝になりました。今起きておトイレに座ったのですが、成果はありませんでした。仕方ないのでそのまま出かけることにします。主人と子供を送り出して、片づけも早々に切り上げて出かけます。
 クリニックは駅から5分くらいのところにありました。「Eクリニック、胃腸肛門専門、便秘外来、大腸洗浄設備有」という看板が出ていました。肛門という文字が妙に恥ずかしいです。どきどきしながら門をくぐります。

 受付で予約していたことを伝えます。すると問診票を渡されます。問診票を記入して受け付けに渡します。

 受診日     *年*月*日
 氏名      香谷えり子
 年令      28才
 職業      主婦
 症状      便秘
 排便間隔    1度/3〜5日
 便の状態    固いかコロコロ
 排便時出血   たまに有り
 いつごろから  小学高高学年から
 腹痛・下痢   特になし
 腹部膨満    ときどきあり
 腹部手術歴   なし
 常用薬     なし(ときどき浣腸を使う)
 生理中ですか  いいえ
 その他健康状態 よい
 
 診察室には内視鏡の装置の写真、胃から肛門に至る内臓のイラストや胃の内部の写真、大腸の内部の写真などが展示されています。大腸ガンの写真はさすがにきもち悪いです。
 写真を見ながら思います。私ってとても心配性なのです。
「検査ってどんなことされるんだろう。恥ずかしい検査があるか知ら?もし私、大腸がんと診断されたらどうしよう。ゆり子はまだ幼いし、入院、手術になったらどうしよう。 もし亡くなったら、何も準備していないわ。父と母は悲しむでしょう。夫はどうなんだろう。まさか、すぐ再婚しちゃうんじゃないでしょうね。遺書も書いていないし、遺言もないわ。それにお葬式のときに来てもらう人もリストアップしていないわ。お葬式のときに流して欲しい曲も決めてない。バッハがいいかしら、それともモーツァルト・・・。」
 とりとめもないことを考えていると、私の名前が呼ばれます。
「香谷えり子さん、診察室へお入り下さい。」

 診察室には40代半ばの口ひげをたくわえた先生と、30代のナースがいました。まず先生は問診票を見ながら説明があります。
「便秘ですね。便秘にはいろいろな原因があります。原因によって治療法も違っています。腸や肛門の病気によるもの。機能障害によるもの。生活習慣に基づくものなどです。原因を調べるために、まず検査をします。あなたは午前中が希望でしたね。」
「はい。」
「それなら検査に2、3日かかります。よろしいですか。」
「はい。」
「それでは検査についてご説明します。今日はおなかの診察、採血、エコー検査、直腸の内診、肛門の機能検査をします。明日は便の造影検査、あさっては大腸通過時間検査、翌日は大腸内視鏡検査、検査に4日かかります。よろしいですか。」
「はい。」
「それから肛門の機能検査の前に浣腸があります。」
「はい。」

 私はもう覚悟ができました。浣腸や恥ずかしい検査の連続は仕方ないです。甘受します。便秘が解消できるなら、何でもいたしましょう。まな板の上の鯉の心境になりました。
「それでは今から診察をします。」
「はい。」
 いよいよ恥ずかしい検査が始まります。

 私は便秘外来を受診しています。4日間にわたって、いくつもの恥ずかしい検査を受けなければなりません。
まず診察があります。ナースが言います。
「上着を脱いで、ベッドでおなかを出して下さい。スカートもゆるめておいて下さい。」
「はい。」
 先生が問います。
「今朝、排便がありましたか。」
「いいえ。」
「おなかを診ます。」
「はい。」
「楽にしていていいですよ。」
「はい。」
 先生がおなかに手を当てて検査をします。手を移動させます。
「少しガスがたまっていますね。」
「はい。」
「お尻を診ます。」
「はい。」
 ついに恥ずかしい検査の序章です。ベッドの脇にはティシュの箱、薄いビニル製の手袋、ペンライト、ゼリーのチューブ、それに二枚貝のような形をした金属器具がありました。

 私は横向きにさせられます。ベッドが電動で上昇します。先生は手袋をして私の脇に来ます。ナースが言います。
「お尻にゼリーを塗ります。」
「はい。」
 ナースがお尻の穴にゼリーを塗りました。先生が言います。
「指が入ります。きもち悪いですががまんして下さい。」
 お尻に先生の指が入ってきました。とても恥ずかしいです。先生はお尻の中で指をぐるぐる回しますうんちが出そうな感覚に何度もおそわれわす。直腸壁を指で刺激されるので、そうなるのでしょう。
 指が抜かれます。先生が言います。
「お尻に機械が入ります。冷たいですががまんして下さい。」
「はい。」
 お尻に機械が挿入されます。ひんやりとした感触です。機械が操作されます。お尻の穴が開かれたのを感じます。先生は今私のお尻の穴の中をペンライトを当てて覗いているんです。
 恥ずかしくてたまりません。と言うのも、だだでさえそういう行為は恥ずかしいのに、私、今朝、排便がなかったんです。きっと、うんちがたまっているに違いありません。
 案の定、先生が言います。
「便が残っていますね。」
「はぃ・・・・。」
「これから、画像検査や機能検査があります。便があっては検査ができません。浣腸をします!!!」

 やはりそうでした。私は浣腸を宣告されたのです。” 浣腸 ”その言葉は何という響きなのでしょう。病院での浣腸はしばらくぶりです。 
 私の胸のうちになつかしいお友達と久しぶりに会うような思いを感じます。そのお友達は決してよい友ではありません。私の汚れた恥部を知っていて、そこを責めるのです。そして私をしばらくの間苦しめるのです。
 でも根っからの悪(ワル)ではありません。私に強制的にうんちをさせたあとは、私はすっきりした気分になれるのです。そして、この友と会えてよかったと感じるのです。最後はその友に感謝するのです。 
 そんな思いに頭を巡らせながら私は現実に帰ります。でも現実はそう簡単ではありません。病院で、もう何度も宣告をされ、施行もされているのに、その言葉は毎度、私の胸にズシリと響きます。そして、ああやはり浣腸は避けられないのだわ・・・と思うのです。 
 でも、やはり・・・ですが、以前のやはり・・・とニュアンスが少しずれて来ているのを自分で感じます。

 以前は、恥ずかしさのあまり泣き出したいほどの感覚だったのです。でも今は違います。少しばかり・・・、いや、かなり期待感もあるのです。それは待ちこがれた言葉、待望の言葉でもあるんです。恥ずかしさの中の期待感、これは言葉ではうまく表現しにくいことです。
 医師やナースなど、医療従事者にとっては、それは単なる一処置に過ぎないものでしょう。 しかし、”浣腸”という言葉は私にとって、それほど多面的に響く重い言葉なのです。

 私はまだ診察を終えたばかりで、ベッドの上です。私はうつむきます。ナースがお尻を拭いてくれます。それから下着とパンツを上げます。今日はスカートではなく、すこしゆったりしたパンツを選んだのです。
 ベッドが電動で下がります。私はベッドから起きあがります。先生は机に戻って、早くも別の人のカルテを見ています。視線が合わなくて、ほっとしました。
 ナースが私を別室に案内します。診察室のベテランのナースではなく、若いナースです。エレベータで2階に上がります。 わざわざ階が違う部屋へ、施浣するであろうナースと歩いて行くのはきもちの整理には良い間合いかも知れません。
 しかし若いこのナースが私に浣腸を施すのか知らと、一緒に歩いて顔を合わせるのが面はゆい感じもあります。この人にお尻の穴を見られ、嘴管を挿入され、浣腸液を注ぎ込まれるのです。そればかりではなく、私のおなかから出た汚いものまで見られるかも知れないのです。見られたくないもの、見られて恥ずかしいもの、それを彼女が見るのです。

 彼女が私を部屋に案内します。私は何と”浣腸室”と書かれた部屋に通されました。さほど広くない部屋です。
 手前に流し台があります。流し台の上のあきスペースにバスケットがあって、その中にディスポーザブルタイプの浣腸器が何個もまとめて積むまれています。それは120ccの大きなもので、長いノズルがついています。
 そしてその隣にステンレスの容器があって、お湯が入っていて、その中に浣腸器が2個暖められているのでした。
 ベッドがひとつあります。ベッド脇にポータブル式のおまるが置いてあるのが印象的です。そして、やはりベッドの脇に鉄製のスタンドがあって、その上部に細長いガラス管が吊り下げられています。それはイルリガートルというものであることを私は知っています。
 容量の大きな浣腸器で、腸の洗浄用に使うものであることも知っています。私はお産のときにそれを使われたのです。
 そして、奥に洋式の便器がむき出しに設置されています。ここは浣腸室なので、おまるや便器があるのは当たり前ですね。
 様式便器の隣にはやはり便器のような構造をした洗浄器があります。汚物などを洗ったり、流したりできるようになっているようです。
 私はどきどきします。ディスポ浣腸を受けるのか、高圧浣腸なのか、不安が高まります。

 ナースが口を開きます。
「今から肛門の検査があります。検査のためには便をすっかり出しておく必要があります。そのために浣腸をかけます。」
「はい。」
 私は小声で答えます。”浣腸をかける・・・。”若いナースが少し古めかしい言い回しをしたのに驚きます。
 私はもう”浣腸”の呪縛から逃れられません。私は便秘の治療のための検査を受けるのです。極度に恥ずかしがったり、泣いたりするのは不自然です。浣腸は当然の処置なのです。

 私は以前に妊娠に気づいたときのことを思い出しました。初めて婦人科を受診するときに、母に電話で相談しました。
「私、恥ずかしいから女医さんを探そうか知ら。」
「何言ってるの。先生はもう数多くの人を診てるのよ。あなたの体を見てもに特別の感情をいだくこともないし、あなたも病気じゃないんだから、恥ずかしく思う必要もないのよ。」 
 私は思います。「そうなんだ。 浣腸って、ここではごく普通の処置だし、意識過剰になる必要ないんだわ。彼女にお任せすればいいのよ。」 
 やはりこの若いナースが担当するようです。彼女は淡々と手順を進めます。
「浣腸をかける前に、血圧測定と採血をします。」
「はい。」
「ベッドに上がって下さい。」
「はい。」
 腕に血圧計がセットされます。
「血圧は正常です。」
彼女はカルテに測定結果を書き込みます。それから私の嫌いな注射がありました。注射器を腕に刺して採血されました。
「浣腸をかけます。壁の方を向いて下さい。」
「はい。」
「足を少し曲げてお尻を突き出して下さい。」
「こうですか。」
「はい、それでいいですよ。下着を下げます。」
「はい。」
「タオルをかけますね。」
「はい。」
 ナースはおなかと腰にかかる部分とひざの2カ所にタオルを置きます。お尻の穴の近辺のごく狭い部分だけが露出されました。露出部を最小限にしようとする配慮があるようです。こういうことは初めてのことです。

 部屋にはナースと私以外に誰もいないのに、ここまでするのとちょっと不思議です。下半身のすべてを露出させられても不思議はないのに・・・。
 むしろ、過去にそうして欲しいことが多かったように思います。小児科のベッドで、何人かの人に見られながら浣腸の処置を受けた恥ずかしい経験が頭に浮かびました。あのとき、こうして欲しかった・・・。

 再びナースの声で私は我に帰ります。
「お尻にゼリーを塗ります。」
「はい。」
 どうやら、高圧浣腸ではなく、グリセリン浣腸のようです。
「浣腸をかけます。」
「はい。」

 私はお尻に違和感を感じます。ノズルがゆっくり入ってきました。そして、それは少しばかり奥の方まで侵入するのを感じました。
「液を入れます。おなかの力を抜いて下さい。」
「はい。」
「入っています。きもち悪いですが、がまんして下さい。」
「はい。」
 温かい液をおなかに感じます。ああ、これはまがいもなく浣腸そのものです。私は浣腸という処置のまっただ中にいるのです。私のお尻はグリセリン液120ccを飲み込もうとしています。
 お尻からノズルが抜かれました。ノズルの代わりに先端を丸くしたティシュがお尻に入れられました。
 彼女が言います。
「浣腸をかけました。」
 この ”かける ”という言葉を聞くのはもう何度目でしょうか。 
「このまま手でお尻を押さえて、できるだけがまんして下さい。」
「はい。」
「がまんできなくなったら、このトイレを使って下さい。間に合わないときはこのおまるを使ってもいいですよ。」
「はい。」

 浣腸にはいくつかのプロセスがあります。宣告、ベッド入り、脱衣、ゼリー塗布、嘴管挿入、液の注入・・・、ここまでが前半です。そして、がまん〜排泄〜観便の後半が待っています。私の浣腸は後半のプロセスに入りました。
 私のおなかは最初は違和感を感じる程度でしたが、時間の経過に従って確実に便意のボルテージが高まってきます。私の腸はゴールを目指して確実に動いています。その動きを私自身でさえ止めることはできないのです。私のうんちは確実にお尻の穴の方向に送られているのです。グリセリン120ccの作用は強力です。とても永久にがまんし続けることはできないのです。

 もう3分以上が経過したように感じます。失敗や粗相をするわけには行きません。私はナースに訴えます。
「おトイレに行っていいですか。」
「はい。」
 ナースは私の手をとってベッドから起きるのを手伝ってくれます。そして、手を話さずに私をすぐ近くにある便器へと誘導してくれます。私が便器の上へ座ると、手を離し、カーテンを閉めてくれます。
「便を見ますから流さないで下さい。」
「はい。」
 やはりうんちのチェックがあるんです。
 彼女と私の間には薄いカーテンがあるのみです。音やニオイは筒抜けです。仕方ありません。相手はナースです。それに、もう余計なことを考える余裕がなくなっています。
 私はもう自然の成り行きに任せます。排泄が始まりました。当然、大きな音とニオイが伴います。

「終わりました。」
 私はお尻を拭いて、下着を上げ、ナースに言います。すぐにカーテンが開き、ナースが便器を覗き込みます。
「たくさん出ましたね。」
 彼女はすぐにすべてを流し去ります。一連の浣腸のプロセスがとうとう終わりました。きまり悪い中にも、少しばかりほっとしました。さあ、次に私にはどんな試練が待っているのでしょうか。

 ナースと私は隣の部屋に入ります。そこは検査室と書いてありました。薄暗い狭い部屋です。やはりベッドが一つあるだけです。ベッドの近くと、奥の方に機械装置やモニタなどが置かれています。また、ベッドの近くに、ここにもやはりポータブル便器が置かれています。ナースが言います。
「浣腸のときと同じように、ベッドに上がって壁を向いて、お尻を突き出して下さい。」
「はい。」
 私は言われるままにします。ベッドの枕の上にTVモニタがあります。ナースの説明があります。
「これはデジタル肛門鏡です。お尻の中にカメラを入れて、肛門内部の写真を撮ります。」
「はい。」
 これは初めての経験です。大腸カメラとは違うようですが、その仲間のようです。
「ゼリーを塗ります。」
「はい。」
「カメラが入ります。」
 お尻に何かが入れられました。そしてモニタにピンク色のトンネルが写っています。黄色のウンチはないようです。浣腸で出てしまったようで、よかったです。

 カメラが抜かれ、お尻を拭いてもらいました。それから別室へ移動し、X線室と超音波室でおなかのX線写真とおなかのエコー検査がありました。これらは恥ずかしい検査ではありませんでした。
 ナースと私は再び診察室に戻ります。先生の説明があります。先生は先ほどの私の肛門内の画像やX線画像、エコーの画像を見ながら口を開きます。
「肛門内はきれいです。痔もありませんし、特に異常は認められません。X線やエコーも異常ありません。」
 少し安心しましたが、肛門という言葉も恥ずかしかったです。 でも、この程度のことで恥ずかしく思ってはいけないのです。もっと恥ずかしい検査が待っているのです。

 翌日も検査のためにこのクリニックに来ます。再び若いナースが私を再び2階へ案内します。まず、私は更衣室へ通されます。ここにはロッカーと検査着がありました。ここで検査着へ着替えるのです。
 衣服をすべて脱いで、まず穴あきパンツを着用します。お尻の部分に穴があいています。これを見ると、今日もまたお尻の穴をいじられる処置や検査があるのを実感し、どきどきします。
 パンツの上から薄いガウンの検査着をはおります。脱いだ衣類や荷物はロッカーへ収納します。
 更衣室の外でナースと落ち合い、また昨日の浣腸室に入ります。やはり今日も浣腸から始まるようです。ナースが言います。
「今日は肛門の検査がありますので、まず浣腸をします。入院しての検査なら浣腸は一度でよいのですが、通院だと毎日浣腸することになります。ごめんなさいね。」
「いいえ。」
 私は悲しそうな表情で返事をしますが、内心はそうではありません。むしろうれしいのです。浣腸は私にとって、いつの間にかうれしく、エキサイティングな処置に変わっています。本音は何度でもオーケーよと言いたいのです。
 私は通院の検査を選択してよかったと思います。だって、こうして毎日浣腸が受けられるんですもの。これから、恥ずかしさ、気持ちよさ、両方を堪能することにしましょう。

 昨日と同じようにグリセリン120ccの浣腸がとどこおりなく行われ、しっかりとうんちのチェックもありました。いよいよ検査です。
 昨日の検査室に入ります。まずナースから説明があります。
「今日は検査を2つします。最初は肛門内圧検査、その後、直腸感覚検査をします。どちらもお尻からの検査で、きもち悪い検査ですが、がまんして下さい。」
「はい。」
 私は心の中で思います。「私はもう平気ですよ。浣腸も私の味方につけたし、お尻の検査だって受け入れます。どうぞ、よろしく。」
 ナースが続けます。
「ベッドで浣腸のときのように壁を向いて下さい。」
「はい。」
「お尻にゼリーを塗ります。」
「はい。」
「お尻にセンサーを入れます。」
「はい。」
 お尻に細い棒のようなものが入ってきました。
「体を仰向けにして下さい。」
「はい。」
「モニタを見て下さい。」
「はい。」
 ベッドの脇にモニタがあって、何やら数字を表示しています。これは肛門の内圧です。おなかをゆるめたときの静止圧と力を入れたときの最高圧を、センサを移動しながら測定します。
「まず肛門部の圧力を計ります。おなかを楽にして下さい。」
「はい。」
「肛門に力を入れて、肛門を締めて下さい。」
「はい。」
 数字が動いて、大きな数字に変わります。
「もう一度ゆるめて、楽にして下さい。」
「はい。」
「もう一度肛門を締めて下さい。」
「はい。」
「センサを移動します。」
ナースは私の肛門部にあるセンサを内部の方向に少し押し込みます。

「楽にして下さい。」
「はい。」
 モニタの数字は60を示しています。
「おなかに力を入れていきんで下さい。排便をする要領です。」
「はい。」
 私はうんちを出すときのようにおなかに力を入れます。モニタの数字が動きます。数字が80を示します。
 ナースはセンサを少しずつお尻の奥の方へ移動させ、同じように測定を繰り返します。私はおなかをゆるめたり、おなかに力を入れたりの繰り返しです。
 最後にセンサが抜かれ、この検査が終わりました。どんな結果が出たのか不安になります。
「結果はどうでした。」
 ナースに結果を聞いてみます。
「結果は先生が判断しますが、いきむときのおなかの圧力が弱いようです。」
「そうですか。」
「さあ、次は直腸感覚検査をします。」

 直腸感覚検査について、ナースが説明します。お尻からバルーンを入れます。これは風船のようなもので、すこしずつ空気でふくらませます。
「最初に少しでもこのバルーンの存在を感じたら手で合図をして下さい。」
「はい。」
「30秒毎に少しずつバルーンをふくらませます。排便したい感覚になったら手で合図して下さい。」
「はい。」
「さらにバルーンをふくらませます。排便をがまんできない感覚になったら手で合図して下さい。」
「はい。」
「それでは始めます。」
 私はまた壁を向かされます。お尻からバルーンが入れられました。チューブが付いていて、ここから空気を送り込むようです。
「仰向けになって下さい。」
「はい。」
 私はまたお尻に全神経を集中させます。 
「それでは少しずつ空気を入れます。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「まだ、感じませんか。」
「はい。」
「これはどうですか。」
「いいえ。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「あっ、感じました。」
「はい、わかりました。それではもっと空気を入れます。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「排便したくなりましたか。」
「いいえ。」
「これでどうですか。」
「いいえ。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「どうですか。」
「あっ、うんちしたくなりました。」
「はい。」
「まだがまんできますか。」
「はい。」
「空気、入れます。」
「はい。」
「どうですか。」
「まだがまんできます。」
「これでどうですか。」
「まだ大丈夫です。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「どうですか。」
「あっ、もうがまんできません。うんちがでそうです。」
「はい。いいですよ。空気を抜きます。」
 この検査も無事に終わりました。最後のうんちががまんできない感覚、あれはいいです。もう一度あの感覚を楽しみたくなりました。これは楽しい検査でした。
 私はもうすっかり恥ずかしさを忘れてしまって、検査を楽しんでいる自分の姿に、不思議に思うのでした。そして思います。「こんな検査なら毎日でもいいわ。」

 翌日も私は検査に通います。前日と同じように、まず検査着に着替えます。それからまたあの120ccのグリセリン浣腸を受けます。ここまえはもう慣れっこの処置です。
 おなかがすっきりしたところで次の検査が待っていました。今日は排便造影検査です。

 検査室のベッドに横にさせられます。あのナースが言います。
「えり子さん、今日はおなかの造影をします。そのためにもう一度浣腸があります。バリウムの浣腸です。」
「はい。」
 何といううれしいことなのでしょう。グリセリン120ccの浣腸の後、さらの浣腸があるのです。もちろん私、ちゅうちょなく、喜んで受けます。
 ナースは大きな注射器のようなものを手にしていました。それはプラスチック製のもので、100ccの大きな物です。
「お尻からバリウムを400cc入れます。がまんして、出さないようにして下さい。そしてこちらのポータブル便器の上に座って下さい。そして普通に排便して下さい。排便の様子をX線装置で撮影します。」
「はい。」
 
なるほど、お尻からバリウムのうんちを出しながら撮影があるんですね。どんな検査かわかりました。でも排便の様子を撮影されるなんて、浣腸より恥ずかしいかも知れません。恥ずかしい処置や検査の連続なんですね。でも私は大丈夫ですよ。だけどバリウムが出るかどうかの方が気がかりです。 
 すぐにバリウム浣腸が始まります。まずお尻にゼリーが塗られます。それからあらかじめ温められたバリウムが100ccずつ注入されます。1回目は大丈夫でした。

 2回目の注入です。少しおなかに違和感があります。3度目の注入です。うんちが出そうな感じになります。4度目の注入です。かなりうんちがしたいです。
「大丈夫ですか。」
「はい、何とか・・・。」
 X線装置の中にポータブルトイレが置かれています。私はポータブルトイレに座ります。ナースが言います。
「排便を初めていいですよ。」

 すぐ脇でナースに見られながら排便を開始します。もうかなりの便意でしたから、うんちはすんなり出始めました。
 半分くらいはスムーズでした。まだおなかに残便感があります。
「まだ出ますか。」
「はい、まだ残っています。
「頑張って、全部出して下さい。」
 ナースはモニタで観察しています。おなかにバリウムが残っているのが見えるんですね。
「まだ少し残っていますよ、頑張って。」
「はい。」
 私はいきみますが、もう出そうにありません。
「もう出ないんですが。」
「もう少し頑張って。」
「はい。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「やはりもう出ません。」
「それではいいですよ。残った分はあちらで出しましょう。」
 私は浣腸室に移動し、少し残ったバリウムをグリセリン浣腸をしてもらって出しました。それにしても今日は ”浣腸day ” と言ってよいほど浣腸を受けました。グリセリン浣腸120ccを2回、バリウム浣腸100ccを4回です。しかも排便の様子をナースにすっかり観察されたのです。すごい検査でした。

 明日は検査はないそうです。あさっての検査のために、薬ををもらいました。中にX線不透過マーカーと言うものが入っているそうです。明日の朝、昼、晩とこれを食後に飲むのです。そして、あさって、おなかにマーカーがどれだけ残っているかX線撮影をするそうです。徹底的に検査があるのですね。この検査は ”大腸通過時間測定造影検査 ” と言うものだそうです。

 翌々日に私はおなかのX線検査を受けました。その後、先生と面談がありました。
「えり子さん、連日の検査、ご苦労さんです。明日がいよいよ最後の検査です。大腸内視鏡検査があります。今日は消化のよいものを食べて、明日は朝食を食べずに来院して下さい。お尻からカメラを入れて、大腸に病変がないかを検査します。あなたの場合、排便の感覚が少し鈍いのと、おなかの圧が弱いです。でもこれは機能訓練でよくなります。大腸内視鏡で異常がなければ、来週から機能訓練来て下さい。1週間、機能訓練をします。そうすればあなたの便秘はきっとよくなるでしょう。」
「そうですか、ありがとうございます。」

 どうやら、検査の後は訓練があるようです。一体どんな訓練でしょう。つらい検査を乗り切って、訓練にいどむことにしましょう。便秘解消のために頑張ります。

 どうやら今日が最後の検査です。2階の更衣室でいつものように検査着に着替えます。今日はグリセリン浣腸はありません。ちょっと寂しい気もしますが、検査の準備に入ります。
 2階のロビーで水薬を飲みます。1Lのボトルが2本です。ナースが説明します。
「初めに1時間で最初の1Lの下剤を全部飲んで下さい。多分、数回トイレに行くはずです。1回でも便が出たら、残りの1Lをまた1時間かけて飲んで下さい。便が透き通ってきれいになったら、流さずに私に見せて下さい。
検査オーケーかどうかチェックさせていただきます。それから、最初の1Lを飲み終えて、トイレに1度も行かないときは次の1Lを飲まずに私に知らせて下さい。」
「はい。」
「それでは飲み始めて下さい。」

 私はロビーでくつろいで、雑誌を読みながら、下剤を飲み始めます。この下剤は量が多いので、うんざりですが、少しずつ紙コップで飲み始めます。ポカリスエットのような味ですが、決して飲みやすいものではありません。時計を見ながら飲みます。
 もうすぐ飲み始めから1時間になります。もう最初のボトル1Lのお薬は全部飲んでしまいました。しかし、おなかは何ともありません。私のおなかは浣腸には敏感に反応するのに、この薬には鈍いようです。ナースがやってきます。
「えり子さん、1Lを全部飲みましたね。」
「はい。」
「トイレは何回行きましたか。」
「それが、まだ1度も行っていないのです。」
「そうですか、それではトイレで便器に座ってみて下さい。出るかも知れませんから。」
「はい。」
・・・・・・・・・・・・・・・・

 おトイレでいきんでみましたが、何の成果もありません。ナースを呼びます。
「あのぅ、出ないんですが。」
「そうですか、それでは残りは飲まなくていいですよ。ロビーでちょっと待っていて下さい。」
「はい。」
 私は少し不安になります。そして思います。「このままでは検査が受けられないかも知れない。一度グリセリン浣腸をしていただければ、後はスムーズに行くかも知れないわ。何しろ、私の体は浣腸には敏感に反応するから・・・。」 
 そう考えていると、私の心配をよそに、ナースがにこやかな表情でやって来ました。
「えり子さん、処置を切り替えましょう。洗浄剤を飲むのは止めにして、洗腸をします。お尻からお湯を入れておなかを洗いましょう。」
「はっ、はい。」

 私が受けるのはグリセリン浣腸ではなく、もっとすごい浣腸でした。驚きと恥ずかしさ、うれしさを同時に感じます。
 新聞で大腸洗浄液の事故の記事を読んだことがあります。腸が狭くなっている患者に無理に飲ませて、腸が破れたというような記事でした。このクリニックではまず1Lを飲んで、様子を見てのち、次ぎのステップに進むようです。強引に2L全部を飲ませるのではないようです。
 私にとってはありがたいことです。お薬をお口から飲むより、お尻から入れていただく方が楽だし、うれしいんです。今日は浣腸はないわと、半ばあきらめていたんです。あきらめなくてよかったんです。

 私はわくわくしながら、彼女に言われたまま浣腸室に向かいます。ベッドの脇にはすでにイルリガートルがセットされていました。ガラス容器いっぱいにお湯が入っています。イルリガートルみはアメ色のゴム管が接続されています。そしてその先端にはオレンジ色の穴のあいたゴムチューブが接続されていました。
 私の洗腸の準備はもうすっかり整っていました。今日もまた私はこの浣腸室にお世話になるのです。しかし、今日の処置はいつもとは違うスペシャル版なのです。私のために、ここまでしていただいていいのか知ら・・・とさえ思います。
 ベッドで壁を向いて横になります。いつもの浣腸と同じ姿勢を取らされます。

「お湯1Lをおなかに入れます。途中苦しいときは言って下さい。注入を中止します。」
「はい。」
 もう彼女は私のお尻の穴を何度見ることでしょう。数えきれない回数、彼女は私のお尻の穴を開いています。それでも、毎回お尻にゼリーを塗られ、お尻を開かれ、器具などを挿入される瞬間は恥ずかしさを覚えます。それもわずかの間で、私は次にシーンに神経を集中するのです。
 今、お尻にゴムチューブが深く挿入されています。そして、お湯が注がれ始めました。私のおなかにはすでに洗浄液1Lが入っているのです。さらにお湯1Lが追加されようとしています。

「どうですか。苦しくないですか。」
「はい少し・・・。」
「どうですか。」
「かなり苦しいです。」
「そうですか。今500cc入りました。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「あっ、もうだめです。」
「700ccです。ここで止めましょう。」
「便器に座って下さい。」
 私は返事もそこそこに便器に座ります。おなかがとても苦しいです。ナースがカーテンを引く瞬間にもう排泄が始まりました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 おなかのものが一気に出てしまいました。便器の中は汚れています。
「えり子さん、流さないで下さい。見ますから。」
 ちょっと残酷な言葉でした。仕方ありません。
「あっ、だめですね。1回目だから仕方ないです。悪いですけど、多分この後最低2回くらいはおなかを洗わなければなりません。」
「はい。」
 お産のときは高圧浣腸は1回きりでした。2回目からは未知の体験になります。しかも続けての注入です。大丈夫か知ら・・・と不安もあります。

 また私は、ベッドの上で洗腸を受けます。今度は注入がとてもここちよく感じられます。心配していたことは杞憂に過ぎなかったのです。至福なきもちです。この注入の心地よさを満喫します。私のおなかは1Lのお湯を何なく受け入れてしまいました。
 2度目も便器の中は汚れていました。3度目もかなりきれいになったものの、ナースの許可は出ませんでした。
 4度目の洗腸で私のおなかはやっときれいになりました。洗腸も十分たんのうさせてもらいました。これは今流行の大腸洗浄と同じもので、とてもきもちのよい処置です。終わった後のすっきり感はグリセリン浣腸の後とはまた違うものです。
 同世代の若い女性が大腸洗浄に走るきもちもよくわかりました。私はまたよい体験をできたと、うれしくなりました。

 大腸カメラの検査は何の問題もありませんでした。私の大腸はとてもきれいだと先生に言われました。大腸にもきれいなものと、そうでないものがあるのでしょうか。

 一連の楽しい?検査が終わり、私は今週から機能訓練のため通院します。あと1週間の辛抱です。いや辛抱どころか楽しみになるかも知れないのです。
 機能訓練は専門の看護師が担当するそうです。検査着に着替えて、2階の ”肛門機能訓練室 ” と書いた部屋で待ちます。もちろん、、グリセリン浣腸120ccも済ませていますし、穴あきパンツも着用してすっかり準備ができているのです。
 30代の女性患者と一緒になります。美人です。彼女も準備ができて、部屋の前で私の横の長椅子に座って待っています。

 彼女が私に口を開きます。
「あなたも肛門の機能訓練を受けるの。」
「はい、今日が初めてなんです。」
「そうなの、私は2週間目よ。」
「そうですか。」
「あなたはどいう症状なの。」
「便秘なんです。おなかの圧力不足と排便感覚のアップの機能訓練があるんです。」
「そうなの、私は出ないのじゃなくて、漏れちゃうのよ。肛門の締まりが悪いの。出ないのも困るけど、漏れるのはもっと困るのよ。」
「そうですね。」
 そんな雑談をしていると、看護師が2名やってきました。何と、二人とも男性ではありませんか。しかも20代の若い看護師です。これは恥ずかしく、困ったことになりました。

「えり子さん、初めまして、担当の山川 清と申します。よろしく。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
 男性だけど、かわいいから許しちゃいましょう。彼のことをキヨシ君と呼ぶことに、勝手に決めます。もちろん口には出しませんが。
 私と彼女は分かれて訓練を受けます。部屋にはベッドが2つあって、カーテンで仕切られています。彼女はきっとお尻の穴を締める訓練を受けるのでしょう。

 キヨシ君が私に言います。
「最初に肛門内圧を上げる訓練をします。壁を向いてベッドに横になって下さい。」
「はい。」
「肛門にセンサを入れます。」
「はい。」
 お尻にゼリーが塗られ、センサが挿入されました。ナースと同じ処置ですが、今日は男性が担当するのです。やはりナースよりかなり恥ずかしいです。相手が女性でも恥ずかしいのに、男性にお尻の穴を見せなければならないのです。多分、今日から毎日、このキヨシ君に私の恥ずかしい部分をさらけ出さねばならないのでしょう。検査パンツを着用しているので、露出部が最小限なのがせめてもの救いです。

「起きて、ポータブルトイレに座って下さい。」
「はい。」
 私はお尻にモニタを挿入したまま便器に座ります。 センサは抜けないようお尻にテープで止めてあります。まるで尻尾が生えたかように、お尻からコードが出ていて、モニタに接続されています。 
「モニタを見ながらいきんで下さい。」
 私はおなかに力を入れます。モニタの数字が70から90に変わります。少し弱いですね。まず100以上になるよう頑張りましょう。最終目標は140です。
「はい。」
「楽にして下さい。」
「はい。」
「もう一度いきんで下さい。」
「数字が92になりました。」
「はい、楽にして。」
「少し休んで、もう一度いきみましょう。」
「はい。」
 また数字が上がりました。95です。何だかゲームをしているようで、おもしろいです。キヨシ君の励ましで、数字は100目前の98まで上がりました。
「それではまたベッドに戻って下さい。センサを抜きます。」
「はい。」
 私のお尻からセンサが抜かれました。
 
 今度は肛門括約筋の訓練をします。これをすると、必然的に肛門内圧も高くなります。またポータブル便器に座ります。お尻には何も入っていません。キヨシ君が言います。
「お尻の穴をすぼめて下さい。」
「はい。」
「ゆるめて下さい。」
「はい。」
「もう一度すぼめて下さい。」
「はい。」
 このお尻すぼめ運動を何度も行いました。
「今度は便を出す要領で、いきんで下さい。」
「はい。」
「休んで。」
「はい。」
「またいきんで。」
「はい。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 はい、いいですよ。次は今日最後の訓練です。私はまたベッドで壁を向いて横になります。キヨシ君はゴム製の棒を取り出します。人差し指くらいの太さです。

「お尻にもう一度ゼリーを塗ります。」
「はい。」
「これは肛門ブジーです。これをお尻に入れて締め付ける訓練をします。」
「はい。」
 お尻の穴を開かれて、ゴムの棒が挿入されるのです。これまた恥ずかしいことです。
「入りました。」
「はい。」

 お尻に挿入されたゴム棒の感触をしっかり感じます。お尻にゴム棒を挿入され、私、何か罰を受けているようで、ちょっと情けない姿です。でも、ゴムを挿入された感触はそう悪くないです。前の部分に男性のものを受けいれたときとは別物の、不思議な感触なんです。奥歯にものがはさまったと言うか、うんちをしている最中と言うか・・・・、中途半端な刺激で、何とかしなければこのままではいけないわ・・・と言う感覚なのです。 
「仰向けになって下さい。」
「はい。」
「お尻をしっかり締めて下さい。」
 私はお尻に力を入れてゴム棒を締め付けます。確かに、お尻に何もないときより、力が入ります。
「はい、楽にして。」
「はい締め付けて。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 この動作を何度も繰り返しました。
「今度は押し出す訓練です。このブジーを便と思って、これを押し出すように、おなかに力を入れていきんでみて下さい。」
「はい。」

 キヨシ君が声を出して、リードしてくれます。私もそれに呼応して、声を出していきみます。
「ウ〜ン。う〜ん。」
「はい休んで。」
「はい。」
「さあ、もう一度、ウ〜ン」
「う〜ん。」
 これを数回繰り返します。

 キヨシ君が言います。
「これで今日の訓練は終わります。」
「はい。」
「横になって下さい。ブジーを抜きます。」
「はい。」
 肛門ブジーが抜かれました。お尻が何だか寂しい感覚です。
「お尻を拭きます。」
「はい。」
 キヨシ君は私のお尻をティシュでていねいに拭き取ってくれました。最後にキヨシ君が言います。
「お疲れさんでした。」
「ありがとうございました。」
「この機能訓練は自宅でできます。」
「できれば今日、家に帰ってから何度か行ってみて下さい。これは一種の筋肉トレーニングですよ。」
「はい。」
「いきむ訓練と、お尻すぼめ運動はそのままでできます。ブジーの代わりにこれをお使い下さい。」
  キヨシ君はゴムの指袋をくれました。人差し指をブジーも代わりにお尻に挿入してして訓練をするようにとのことなのです。
 私は自宅でも、この”筋トレ” をやってみようと思いました。

 私は自宅にいます。午後にいきむ訓練とお尻すぼめ運動をしました。ブジーの訓練は娘がいたのでできませんでした。
 夜、娘が寝た後、私は今日の訓練の様子を主人に話しました。話を聞いた主人がブジーの訓練を手伝ってくれると言うのです。
 私はまずお風呂に入ります。体を洗った後、お風呂で一人で機能訓練をします。
 人差し指に石けんを塗ります。それをゆっくりお尻の穴に挿入します。それから、お尻の穴を締めます。指が締められて圧力を感じます。お尻の穴を絞めたり、弛めたりを繰り返します。心なしか指への締め付け圧力が少しずつ強くなって行くような気がしました。お風呂上がりの後、主人に手伝ってもらって、また訓練を始めます。

 私は居間の床にシーツを敷いて、四つん這いになります。お尻にゼリーを塗ります。主人が私の背後に回ります。彼は人差し指にゴムの袋をかぶせます。そして、それを私のお尻に挿入します。
「さあ、いきむわよ。」
「うん、いいよ。」
「う〜ん。」
「おおっ、指が締め付けられていくよ、その調子、頑張って。」
 主人に励まされて私はお尻に力を入れます。
「そうそう、その調子、指がもっときつくなったぞ。」
「少し休むわ。」
「うん。」
「さあ、もう一度行くわ。」
「うん、そうそう、いいぞ。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 こうして、私は主人の協力を得て肛門の機能訓練をしたのでした。私は思います。「もし、事情を知らない他人が私たちのしていることを見たら、何と思うでしょう。妙な趣向をもった主人が奥さんのアナル責めをしていると・・・。」
 私たちのしたことが我ながらおかしく思われ、私は思わず吹き出してしまいました。
 
 主人は私の肛門の圧力がずいぶん高くなってきたと言います。明日の病院の検査での肛門圧の数値がどうなるか楽しみです。
 主人はこの後、興奮したらしく、私の体を求めてきました。私は疲れていたけど、訓練に協力してもらったご褒美に主人の求めに応じることにしました。

 翌日も私は病院に行き、浣腸をしてもらった後、機能訓練を続けます。キヨシ君とも呼吸が合うようになりました。いちいち言葉を交わさなくても、ア・ウンの呼吸で対処できるのです。
 センサの数値はついに100を越え、120まで上昇しました。目標の140までもう一息です。
 キヨシ君が提案します。
「肛門圧が120を越えたので、新しい訓練をしましょう。」
「はい。」
「排便訓練です。」
「そうですか、どうすればいいんですか。」
「ベッドで横になって下さい。」
「はい。」
「お尻にバルーンを入れます。そしてそれに水50ccを入れます。これが模擬の便になります。」
「ポータブルトイレでこれを排出してみて下さい。目標は10分です。」
「はい、でも10分で行けるか知ら?」
「今日は最初ですから10分以上かかってもいいですよ。」
「はい、それではやってみます。」
 キヨシ君は私のお尻にゼリーを塗り、バルーンを挿入します。そしてそのバルーンに水50ccを注水してふくらませます。 私はお尻にふくらんだバルーンを入れたまま、ベッドから降りて、ポータブルトイレに座ります。そして、キヨシ君に時間を測定してもらいながら、いきみ始めます。

 確かにお尻の中に少しうんちがたまっている感覚があります。私はこれを出そうといきみます。しかし、便意はそう強くなりません。
 私は休んではいきみ、またやすんではいきみを続けます。これって、お産のときのいきみと似てるわと、私はお産の時の陣痛を思い出しました。お産のときも、いきんでは休み、またいきむのです。お尻の穴に力を入れるのはお産のいきみと同じ要領です。
 でも、いきんでもなかなかバルーンは排出されません。それでも私はいきみを続けます。そして、最後のいきみでついに私はバルーンを産み落としたのです。
 キヨシ君が言います。
「惜しい、惜しい、10分30秒、30秒オーバーですね。」
 私は20近くかかったと感じていました。意外と短かったのです。
 この訓練も何だかゲーム感覚を感じるのです。私はまるで鳥になって、卵を産み落とすゲームをしているようなんです。できるだけ短い時間で産み落とせばよいのです。明日もこのゲームにチャレンジしてみましょう。

 私は毎日機能訓練を続けました。浣腸、それから肛門圧の測定、肛門ブジーを使ったいきみ訓練、そしてバルーンを使った模擬便の排出の訓練です。
 始まりの浣腸がうれしく、また模擬便を産み落としたときの快感は応えられません。毎日、けんめいに、しかし楽しく訓練を続けます。病院ではキヨシ君が、そして自宅では主人が協力してくれました。もう肛門圧は目標の140を越え、150に到達しています。

 今日も、楽しいきもちで、機能訓練のため病院に行きます。
 浣腸室の前で待っていると、あのナースがやってきます。
「えり子さん、肛門圧が150になったそうですね。おめでとう。」
「おかげさまで・・・、ありがとうございます。」
「そこで、提案があるの。日川さんと相談したのですが、今日は訓練の前の浣腸はやめて、まず自力で排便してみません。つまり自然排便にトライするのです。150なら自力で排便できると思うわ。」
「はい、やってみます。」
「このトイレ、使っていいわよ。」
「はい。」

 私は浣腸室で、時計を見ながら排便を開始します。訓練のときと同じように、おなかに力を入れたり抜いたり、肛門をすぼめたりゆるめたりを繰り返します。
 するとどうでしょう。
便意を感じるではありませんか。
私はなおもおなかと肛門の運動を続けます。
すると便意は少しずつですが、確実に高まってきます。
 
 頃合いを見計らって、私は一気にいきみます。
するとどうでしょう。
私のお尻の穴が開いて、本物のうんちが勢いよく排出されたのです。

 待望の瞬間です。でもまだ残便感があります。私はなおもいきみを続けます。すると、2度、3度排泄があり、おなかの中のものがすっかり出てしまいました。黄金色の、美しい、自分でもほれぼれするようなうんちが3個です。こんな見事なうんちが出たのははっきり記憶がないほど久しぶりです。
 時間は5分ちょうどです。私はお尻を拭いて、ナースコールのボタンを押します。
 あのナースがやってきます。
「どうでした。」
「はい、5分で全部出てしまいました。」
「見せてもらっていい?」
「はい、もちろんです。」
「どれどれ、おやおや、とてもいいウンチですね。バナナのようなまったく健康な便です。」
 少し遅れてキヨシ君もやってきました。もちろん私はキヨシ君にも私のウンチを見てもらいます。
「うん、これはいいです。えり子さん、おめでとう。」
 こうして、私は皆の協力を得て、長年の持病の便秘を解消することができました。ついにやり遂げたのです。
 早速、このことはこのクリニックを紹介してくれた友人のとも子さんにも報告しました。私、お礼に彼女のためにチーズケーキを焼いて、もって行くつもりです。
 もちろん、主人にも連絡しました。いやな顔をせずに、私の肛門機能訓練を手伝ってくれた主人にも感謝です。

 めでたし、めでたしでした。

 ですが、ちょっと気がかりもあるんです。私、考えながら自問・自答します。

「でも、便秘が解消されたのはいいけれど、浣腸とご縁が薄くなるのはちょっと寂しい
 かも知れないわ・・・?」

「そんなことないわ。便秘とは関係なく、ときどき浣腸との逢瀬を楽しめばよいのよ。そうねぇ、たまのデートなら、より新鮮な刺激があるはずよね。」

「そうそう、私、生涯にわたって、浣腸とはお友達としてお付き合いを続けたいわ。便秘との付き合いはご遠慮するけれど・・・。」


掲載作品一覧