SPACE銀河 Library

作:えり子

往  診

 ここは美術館、展覧会の会場です。私は夢見がちな20才の女子大生です。
 大正から昭和の時代のレトロな絵の前に立っています。ひ弱な細面(ほそおもて)の女の子が一人描かれています。横には1輪のひまわりの花があります。か弱そうな女の子とひまわり、何だか不釣り合いのように思いました。
 よく見ると、その女の子は祖母の若い頃に大変よく似ています。祖母は少女時代や若いときの写真を私によく見せてくれました。この絵のような細面(ほそおもて)の美人だったのです。
 大正末期から昭和にかけては祖母の育った時代です。私は祖母から、よく昔の話しを聞きました。中でも印象的だったのは、祖母は少女時代は体が弱く、よく往診をしてもらったそうです。そして、よく浣腸をかけられたそうです。祖母はつらい浣腸の処置のことを私に何度も詳しく話してくれたのです。
 私はこの絵を見ながら、物思いにふけります。私の頭の中ではいつのまにか自分がこの絵の主人公に入れ替わっています。
 
 私は絵を見ながら、しばし夢を見ます。私は竹久夢二の絵に出てくるような細い白い顔をしたひ弱な少女です。病になって、離れの10畳の間に布団を敷いて寝ています。白い障子の戸が閉められています。枕はゴム製で、水が入っています。
 私の枕元には両親が心配そうな表情で座っています。私は体を横にしています。というのも、今、お尻に細い水銀の体温計が挿入されているからです。やがて母が布団をめくって、お尻から体温計を抜きます。
「まあ、39度もあるわ。これでは食欲もないはずね。」

 障子が開いて、白い着衣の医師と看護婦が往診にやってきました。両親は症状を説明します。私は寝たまま診察を受けます。布団がはがされました。
 医師は私の寝間着の襟を開いて聴診器を胸に当てます。それからおなかを触診します。
「便通はありましたか。」
 医師は母に問います。母は
「いいえ。」
 と言います。
「まず浣腸をしましょう。」
これはいつもの処置なのです。「やはり・・・」と私はあきらめます。

 早速、看護婦が準備を始めます。コップにグリセリンとぬるま湯を注ぎます。ガラスシリンダにグリセリン液を満たします。看護婦は浣腸器を医師に手渡します。
 私はまた横向きにされます。そして寝間着の裾を開かれます。下着を下ろされます。お尻が露出されました。
 医師は左手で私のお尻の穴を開きます。そして嘴管をぐいっと挿入します。それからゆっくりピストンを押します。
 私はお尻に違和感を感じます。医師はシリンダを抜きます。看護婦はチリ紙を私のお尻に当てます。そしてできるだけがまんするように言います。
 私は震えながら便意をがまんします。突き上げるような強烈な便意が私を襲います。2、3分経過したとき私は言います。
「もうだめ、うんちが出ちゃうわ。」
 ナースは私のお尻の下にホーロー製の便器を当てます。私、もうがまんができずに漏らしてしまいます。いやなニオイがたちこめます。

 母は障子を開けます。ナースはチリ紙でお尻を拭きます。医師は便器を確認します。そして言います。
「消化不良を起こしていますね。注射をしておきましょう。」
 看護婦が医師に注射器を渡します。それはとても太いものです。医師は私のお尻に痛い注射をします。母は便器をもって便所に消えました。

 母が戻ってきました。障子を閉めます。医師は再び母に問います。
「食欲はありますか。」
「いいえ、昨日から何も食べていなんですよ。」
「それでは滋養浣腸をしておきましょう。」
 看護婦は滋養浣腸の準備をします。小さなスタンドを立てます。それに白い液体の入った細いガラスのイルリガートルを吊します。それにゴム管を接続します。ゴム管の先端にはカテーテルが付いています。そのカテーテルの先端には穴があいています。看護婦はそのカテーテルにワセリンを塗ります。
 私はまた横向きの姿勢になります。看護婦は私のお尻の穴を開いて、カテーテルを挿入します。彼女はそれを深く挿入します。私はお尻の穴の奥の方まで違和感を感じます。
 液が注入されます。液面がごくゆっくり下がってきます。お尻に冷たい感触を感じます。でもそれはグリセリン浣腸のときのような突き上げるものではありません。医師、看護婦、それに両親が私のお尻の穴を見つめています。ずいぶん長い時間が経過しました。おなかはかなり違和感を感じます。やっとイルリガートルが空になりました。カテーテルが抜かれました。

 私はほっとしました。下着を上げて、仰向けの姿勢になります。医師が私に問います。
「おなかはどうですか。」
「はい、少し苦しいです。」
「がまんして、このまま静かに寝ていて下さい。」
「はい。」
 医師は母に言います。
「風邪から来る胃腸カタルでしょう。処置は終わりました。このまま様子を見ておいて下さい。」
 看護婦はバケツと洗面器で器具を洗浄します。そして、それが終わると、道具をカバンしまいます。
「お大事に。」
「ありがとうございました。」

 医師と看護婦が去りました。母は私に言います。
「**子ちゃん、よく頑張ったわね。」
 母の顔を見ると、私の目には涙があふれました。 
 私は思います。「病気になると、処置はどうしてすべてお尻へなのでしょう。体温計の挿入、それから浣腸、そしてお尻への注射、最後はお尻への滋養浣腸で終わるの。恥ずかしい処置ばかりだわ。」
 このような一連の処置でいつもお尻とおなかが痛いのです。そして、私の心の中はもっとつらいのです。大勢の大人が私のお尻を長い間みつめるのです。しかもうんちまで見られちゃうのです。恥ずかしくてたまりません。

 やっと、私は我にかえりました。手には汗がにじんでいます。目は涙でうるんでいます。そして、あそこがぐっしょり濡れてしまっているのを感じました。私はやおら体を動かし、美術館のおトイレに向かいます。


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