一九七〇(昭和四七)年 一月号
―ある娘の独白―
イチジクと君子 ○○ 君子
“かんちょう” それは何と素晴らしく、しかも魅惑的な文字であり、言葉なのかしら。
すくなくとも君子にはそう思えてならないのです。君子の愛読する奇クには“エネマ”と書かれていることも多い様ですが“エネマ”という単語より
“かんちょう”と云う言葉のニュアンスが、たまらなく好きなのです。
“エネマ”という単語には、何となく医療を目的とした冷たい感じを受けますが、浣腸と云う言葉には無限の親しみを感じるのです。
突然、こんな不躾な事を申し上げる、しかもまだ二十才になったばかりの小娘である君子の事を、世間一般のお嬢様方とひどくかけ離れた
“変態女”と思われた事でしょうね。どの様にお思いになろうと、弁解は致しません。全くその通りの女ですから。
でも、君子が狂おしい迄に“浣腸”を、正確に申しますなら“イチジク”を愛する事を除けば、他のお嬢様方と何ら異なるところはないと思います。
今一つ、強いて異なる事と云えば、君子と同じ年代のお嬢様方の多くが、深い肉親の愛情に包まれながら、再びやって来る事のない
青春時代を謳歌していらっしゃるのに比べ、君子の場合は、小さい時に両親を失った為に中学を卒業すると同時にこのお店に住み込み早朝から夜更けまで
働き続けているということです。
肉親といえば佐賀県の寒村で細々と農業を営んでいる“おじ夫婦”がいるだけで忙しさも手伝って、ほとんど出かける事もなく、
今ではすっかり疎遠になっています。
でも、そんな生活環境の違いだけで、他は少しも普通のお嬢様方と変わる事はなく、むしろ平凡で控え目な娘だと思っていますし、
そんな事で一度としていじけた気持ちになった事はありません。常連のお客さん達も、君ちゃん君ちゃんと可愛がって下さいます。
それは君子だって二十才の娘ですもの、お店にやって来る若い幸せそうなカップルをみると、人並みに、恋というものに憧れることもあるし、
思い切り遊んでみたいという事もしばしばです。だけど、私の働いているスナックは、小さいながらも結構忙しく、その上従業員といえば、
高子お姉ちゃんが辞めて以来、美佐ちゃんと二人だけなので、お休みもろくろくとれず、好きな人がいたとしても、
とてもデートするひまなど見つかりそうにもありません。
だけど君子は、それを特につまらないとは思っていません。だって君子はかけがえのない素敵な恋人がいるのですもの。
ピンク色のかわいらしい形をして、いつでも君子をなぐ冷めてくれる恋人“イチジクチャン”。
お店に来るお客さんの中には、昨日までとても仲の良かった二人だったのに、今日は、目にいっぱい涙を浮かべた女の子を残したまま去って行く
男の人がいます。どんなわけかは知りませんが、傷つくのはたいていが女性でしょう。
だけど君子には、絶対精神的に傷つけたり裏切ったりする事のない素敵な恋人イチジクチャンがいるのです。
※一般読者投稿文、冒頭部分
※当時の原文ママ、文中文字改行等は一部変更
※文中、奇ク=当時の性風俗専門誌、奇譚クラブの略称
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