Re: 山歩き -
一文字九 2021/02/24(Wed) 18:28
No.3330
してはまずい状況での自家発電、そして告白! なんだかお近づきになりたいような…いや、気色わるい?
ゴメンナサイ。でもそんな体験、ありますよ。シンプルな場面では夜のパーキングエリアの車内で浣腸してトイレに
駆け込み、我慢しながらの自家発電とか、同じく夜の高速道路で運転中ズボンをおろして。あるいは袋状の男性用
尿取りパッドに突っ込み、車内で横になってオシッコするとか。
とはいえそんな密室や人工的環境ではなく山中でのそれは格別でしょうね。神仏のみぞ知る。ゴメンナサイ。
うらやましい。
Re: 山歩き -
浣制官 2021/02/24(Wed) 19:38
No.3331
一文字さんもいろいろ経験しておられるのですね!
すこし安心しました。
しかし、この歳で何をしてるんだか…
昨日も終わったあと、転がっている木の枝で
ほじくり回して、なに小学生みたいなこと
やってんだか? と思ってしまいました。
Re: 山歩き -
一文字九 2021/02/26(Fri) 18:22
No.3335
>なに小学生みたいなことやってんだか?
そんな気持ち、わかります。もっと幼い頃は「うんこー」「おしっこー!」と叫んでいたこともあったでしょう。
子供の頃の抑圧されたやり場の無い生理、あるいは不可解にして未熟な性に関わる関心と衝動が今解放されている
ということなんだと理解しております。
子供に帰ってその頃本当はやりたかった事が出来る今を大切にしたいとも思ってます。
なによりおしりの穴に親しむ事が一般化しつつある事に幸せを感じておりますし、それに伴い、イエローとの接近
遭遇も当然。ありのままの自分で、これでいいのだ。ついでにカノジョも自分と同様にウンする仲間、便の状況
なども話し合う関係です。いずれのパートナーもそうあってくれたら、幸せ。
Re: 山歩き -
一文字九 2021/02/27(Sat) 12:37
No.3337
派生的に感じたことですが、現代の洋式水洗は便が観察出来るという点で、自動オマルとでも言うべき好ましさがある
ように思います。昭和のくみ取りを善しとする方々の心情もわからなくもありませんが、奈落に落ちたそれは早くも
下肥への過程を歩み出してしまっているかのようでして、今までわがお腹の中身であったいとおしさのかけらも無くて
ドライに過ぎる決別。
排泄快感の源であるウンの形状やサイズ、固さと、その余韻も含めて快感の関係などに思いを馳せることが出来るのは
今様トイレならではですし、さらに申せばオマルや差し込み便器、はてはボクが健診の際にやっおります床に対策を
した上での便のサンプル採取等々の接近遭遇、自分自身を再確認する点でもいいもんです。
Re: 山歩き -
浣制官 2021/02/27(Sat) 18:04
No.3338
うん、たしかに!
特に和式便器なんか、間近で観察できますね。
美しい女性がしゃがんで、ムリムリと音をたてて
排するそれが湯気を立てて眺められるのです。
子供の頃は汲み取りでしたが、汲取口の蓋を開けて
光が入るようにし、上から眺めたことを思い出しました。
また、※に指を突っ込んで嗅いでみたり…
フロイトの学説ではありませんが、子供の頃はどうも
そういう性向があるのでしょうか?
Re: 山歩き -
たま 2021/02/28(Sun) 20:35
No.3340
学生時代は、特に中学校では排便しているのを見つかったらいじめられる原因になってしまいますので、学校で我慢して放課後一人になると漏らしそうになり草薮で野糞した時もありました。
学生時代の検便は、提出日三日程前から容器をもらってきてましたが、当時家の便所は汲み取り式でしたから廊下に新聞紙を敷いてその上でしゃがみこんで糞してました。
便秘症でしたので、糞が出ない場合は、提出日前日の夕方にすぐに浣腸する医院に連れて行かれて、フリチンにされてガラスの浣腸器で浣腸されて、普段ならフリチンのまま便所まで移動しなければなりませんが、医院の便所も汲み取り式でしたので、その場合は、床に置かれた白い丸い容器に跨がり糞させられました。
Re: 山歩き -
不知火 2021/03/01(Mon) 05:50
No.3343
>たまさん
私の子供の頃にも検便がありました。学校で検便を提出するのを忘れて、5時間目に保健の先生に呼び出されて保健室で浣腸されて検便を採られた思い出があります。ガラスの浣腸器でおむつ替えの格好で浣腸されて、琺瑯のおまるに座って先生の見ている前で排便して採便されました。当時、古株のおばさん養護教諭と、すらっと背の高い若いお姉さん養護教諭がいて、2人に見られながら排便して恥ずかしかったです。
また小学校四年の夏休みに田舎に帰省したんですが、離れにあるボットン便所で臭いし夜は怖くて便秘になってしまって、叔母さんに連れられて小児科医院に受診したら浣腸されました。医院の便所もボットン便所で、診察台で浣腸した挙句に診察台の上に置かれた白鳥のおまるに座って排便しました。やはり看護婦さんと叔母さんの見ている前で排便して、また虫がいるかどうかも便をほぐして調べられました。
そんな一番恥ずかしいところを人に見られるという非日常的なことが今の性癖に繋がっていったのだと思います。
Re: 山歩き -
たま 2021/03/01(Mon) 18:59
No.3345
不知火さん
検便を提出できないと保健室で浣腸されるなら、私もきっと保健室で浣腸されていたと思います。
同じく検便を提出できない他の生徒が見ているのに浣腸されたりしませんでしたか。
同じように私も保健室で浣腸されてみたかったです。
腹痛で保健室に行くと養護教諭から親に連絡されますが、携帯電話の無かった時代なので連絡がつかないと手隙の教諭から医院に連れていかれ、そこで医者、看護師、教諭に囲まれてガラスの浣腸器で浣腸されて琺瑯の白い便器で糞した時は恥ずかしかったです。
Re: 山歩き -
一文字 九 2021/03/02(Tue) 15:50
No.3348
浣制官さま
「子供は大便を自分の子供だと認識している」というのがフロイトの説と記憶しております。そこまでいかなくても幼児にとって
ウンは唯一の生産物、そこに関心が集中しても当然と思います。自然の野山でのウンとその吟味、そんな子供心を今も残している証し
なのかもしれませんね。
*に指、これもせつなく思い出します。「幼児にも性欲がある」ともフロイトは言ってました。挿入はバッチイこと故の禁忌なのですが、
それを承知で、あるいはそれなればこそ入れずにはいられない好奇心、あるいはもう自己愛的性欲。
わけのわからない欲望とやり場のない性衝動、子供はある意味でとても可哀想です。でも物の道理がわかるようになった今、その頃
出来無かったこと、自己抑制ゆえ納得いくまで探求出来無かったお医者さんごっこ、お尻の穴へのいたずらやウンへの関与等々、その
当時したかったはずのプレイが出来る今、子供の夢、潜在願望が果たせてとても幸せです。
Re: 山歩き -
一文字 九 2021/03/02(Tue) 16:14
No.3349
たま様・不知火様
書き込みされた状況で子供に浣腸する人って、相手がなにしろ教育によって形成された羞恥心がしっかりと根付いている純な心の
持ち主ゆえ、大人にするのとはまた別の感慨というか喜びがあったのではないかと思ってしまいます。いや、今では虐待ともとらえ
られかねない状況なのかも。
当時はそうされた事自体が知られたくない羞恥の対象であったと思いますが、でも今思い出してみると、それが懐かしく嬉しく、
むしろそんな体験が誇らしくて自慢したくなるような気になってくるのではありませんか? いや、かく言う自分も、父親
に浣腸されて前を起立させた自分自身の姿を思い浮かべて、それが思春期の自慰のオカズにさえなったことさえありましたもので。
Re: 山歩き -
たま 2021/03/02(Tue) 21:08
No.3350
一文字九さん
当時は、拷問かと思っていた辛い浣腸も今になると自慰のネタになっているのはあります。
Re: 山歩き -
一文字 九 2021/03/03(Wed) 22:07
No.3351
たま様
そうですよね! 浣腸された自分がとても可愛いと思えて。なんだかずるい大人に手込めにされたような気もして。
浣腸って、本当に不思議です。「恥ずかしいこと いつの間にやら 好きになり」ですし、
きつくて気持ち悪くて、すぐにも出したくてたまらなかったのに、いつの間にか「もっと我慢しちゃうボク、えらいんだもん」なんて。
浣腸された子をからかう事、実はジェラシーであり、自分もそんな目にあいたいのでした。
Re: 山歩き -
たま 2021/03/04(Thu) 18:56
No.3353
一文字九さん
子供は大人になすがままで浣腸されてしまうのは、正に手込めにされたような気がします。
医院に入りクレゾールの匂いを嗅ぐとこれから待ち受ける恥ずかしい浣腸を想像すると身震いすると同時にはやく恥ずかしい浣腸されたいと思う複雑な思いでした。
いつも私ばかり浣腸されて、フリチンで便所まで移動しなければならない理不尽を待合室にいる他の子供も同じように浣腸されて同じ体験をしてほしいと思うのもありました。
私は服を着た状態でフリチンで便所に駆け込む子供を蔑んだ目で見たいと思ってましたし、時々その場面を目撃すると用便を装い便所まで付いて行ったものでした。
Re: 山歩き -
一文字 九 2021/03/05(Fri) 23:21
No.3355
たまさんのおっしゃる言葉は胸に突き刺さります。
子供心なれど自分の置かれた状況に開きなおり、覚悟を決めるとそこにMの精神が芽生え、つらい中にも快感が。繰り返すうちやがて脳がそれを心地善いものとして処理してくれるようになって。蔑むことは蔑まされたいに通じ、フリチンで駆け込む子供はかつての自分自身のうつし身です。
「浣腸のドレスコードは下半身裸体に上はTシャツ」とアメリカの浣腸本にもありました。下半身の裸体は粗相の可能性からいっても理にかなっています。季節のよい頃はそれが一番。
自分でやっても浣腸はやっぱり受け身のココロです。でも男が受け身になって何がわるい、と思うのです。だれもがCEOになれるわけでもないし、上手に受け身でいられる事も社会生活上大切だし、喜ばしいことも。
Re: 山歩き -
隆司 2021/03/09(Tue) 21:50
No.3373
山菜採りですね。
自分も60歳。妻は50歳。
2人とも、春になると山へ行きますね。
毎年の事なんですが、妻は、野ションと野糞はします。
妻の野糞は、毎日便秘薬を飲んでいるからだと思います。
Re: 山歩き -
たま 2021/03/11(Thu) 18:49
No.3379
一文字九さん
総てを見透かされていると思ってます。
浣腸される快楽に自覚なく植付けられた性癖の恐ろしさを感じる今日この頃です。
幼少期は羞恥心もなく浣腸の苦痛のみでフリチンで便所に駆け込んで看護師に見られながら糞しても何も感じませんでしたが、大きくなるにつれ性的な興奮や羞恥心もありますが大人よりも同年代の子達に蔑んだ態度で見られたいのは自覚してました。
学校が終わった夕方に医院に体操着を着て行くと名札にフルネームで書いてあり、それもなんとなく恥ずかったです。
浣腸する時の下半身裸で上半身はTシャツは、昔は和式便所でしたので体験すると理解出来ますが、服の汚れも気にする必要もなく、しっかりと跨がれるので楽です。
家で浣腸される時は、完全に全裸にされてました。
Re: 山歩き -
一文字 九 2021/03/12(Fri) 19:08
No.3381
和式便所での排便時の服装、思いだしました。便所の扉の前でズボンとパンツを脱いで、下半身裸体でした。「入ってます」の証明でもありました。
何か下に履いていると太股が圧迫されてしまいますし、無い方が楽です。また裸体は皮膚感覚が鋭敏になって、排泄もなにか心地よくて。肌が触れ合う交合ならば、なおさらですね。夏の海でマッパでおよぎたいという欲求は以前から有るのですが、ヌーディスト文化の無いニッポンではまだ無理のようです。
ところで、
>待合室にいる他の子供も同じように浣腸されて同じ体験をしてほしいと思う
>浣腸される快楽に自覚なく植付けられた性癖の恐ろしさ
当方も青年の頃は恐ろしく思えたこともありました。
自分より気立ても成績も良い同級生が浣腸されるところを見たいとか、自慰の姿を見たいとか。
>蔑んだ態度で見られたい
そんな気持ち、自分にとって新鮮な表現でした。耐えがたい羞恥や苦痛の結果の心理的な保護機能としてのマゾヒズムなのかもしれないですね。自分も子供の頃、麻酔なしのできものの治療を受けた時の気持ちや注射のスリル、そしてつらいのになぜか浣腸にひかれる自分の事を思って、「人には苦痛を望む一面があるのだ」と理解した思い出があります。
Re: 山歩き -
たま 2021/03/14(Sun) 12:54
No.3384
一文字九さん
もしかしたら、一文字さんと性癖や感覚が近いものがあるかもしれません。
医院で女子が浣腸されているのは目撃しましたが、男子と違いフリチンで便所まで駆け込まないので、人目に触れないことが、性的興奮が起きない要因でもあります。
同性である男子の恥ずかしい場面は、自分に置き換えて想像しやすいものです。
自分よりもエリート同級生や同年代が浣腸される場面を見たいと思ってました。
せつない -
一文字九 2021/03/15(Mon) 22:08
No.3385
エリート同級生…気立てがよくて成績も善くて、そんな理由で教師からも可愛がられ、未来が確約されているかのような同級生が浣腸されてしまう。あるいは自慰をしている、でもそんな事すら素直に可愛くこなしてしまい、大人たちから好ましく思われたりする――せつないです。
>女子が浣腸されているのは目撃しましたが…人目に触れないことが…
以前にこのSGで書いたように思いますが、おそらくたま様には初めてかと。これまた貴重ですが切ない思い出を書いてみます。
我が家では浣腸は父親の専任事項でした。或る晩風邪で寝ていた、当事小3ぐらいだった妹がお通じが無いとのことで浣腸される事になったのです。ボクは5歳の頃の浣腸で勃起を体験して以来、浣腸に関する情報に触れるたびに勃起するという習慣がついてしまったので興味津々、しかし直接目にしてはしかられると思い、部屋の外で息をひそめて聞き入っていました。引き戸は開いておりましたが…。
妹は嫌がって大泣きし、逃げようと必死になっている様子がはっきりとわかるのです。母親は台所で忙しくしているので手が話せないというわけで、父親は手伝わせようとしてボクを呼びました。浣腸が出来るよう押さえていてほしいと言うのです。
肩と頭をお布団につけて足を上にしてばたつかせている妹の両足首を手でしっかりと掴んで押し下げるようにすると、下腹部は上を向いて目前に。父親はイチジクを突き立てて素早く浣腸。妹は泣きながら便所へ。
ボクののどはからから、そして激しく勃起していました。
その時の妹に激しいジェラシーを覚えたことを記憶しております。ボクは5歳頃にいい子でいようと覚悟を決めておとなしく浣腸されてしまったのに、妹は嫌なことは嫌だと必死にむなしい抵抗をして、押さえつけられて…! 正直なところ自分もそうされたかった。そうしたかったのです。
ああ、でもそうではなくて、納得ずくのSMプレイは萌えなれど本物の泣きはつらいです。 自然に浣腸にも馴染んでいけるような人間関係、家族環境でありたいものですね。