SPACE銀河 Library

作:えり子

代 理 出 品

 私は香谷えり子、27才、主婦です。子供はまだいません。主人は30才、銀行員で、営業を担当しています。
 今は5月末の金曜日のある夜です。めずらしく主人が早く帰宅しました。夕食を終えて、2人でソファーに座って食後のコーヒーを飲みながら、くつろいでおしゃべりをしています。
「あなた、金曜日というのにめずらしく帰宅が早かったわね。」
 主人が言います。
「今度の月曜日は会社の健康診断があるからさ。アルコールを抜いて、体調を整えて おかなければいけないのさ。それから月曜日は朝食抜きなんだ。忘れないで覚えていてくれるかい。」
「いいわよ、カレンダーに書いておきましょう。」
「頼む。」
「ところで、健康診断って一体どんな検査があるの。」
「会社の指定の病院に行くのさ。そこで身長、体重、視力、聴力、血圧、血液、尿、それに胃と肺のX線検査があるんだ。」
「そうなの。」
「あっ、もうひとつ忘れてたよ、オレ30才になったから、今年から大腸がん検査も追加されてたんだ。」
「大腸がん検査って何なの?」
 主人はカバンから紙袋を取り出しました。
「これさ、まあ一種の検便さ。これを提出しなければいけないんだ。」
「検便、なつかしいわ、昔、母からお尻にフィルムを押し込んでもらったわ。」
「あれは寄生虫検査だろ、あれとは違うさ。」
「どんなの。」
「オレも初めてなんで、よくわからないさ。説明書があるよ。」

 説明書にはイラストが書いてありました。和式便器の場合はそのまま、洋式便器の場合は逆向きに座って排便します。そうすると便器の上にうんちが残るのです。そして、ポリ容器からスティックを出して、それをうんちに差し込むのです。うんちが付着したスティックを容器に戻して、それを提出するようになっています。その中に血液が含まれていないかを分析するそうです。反応が陽性の場合、がんなどの消化管出血や痔が疑われるそうなんです。
「これって何だかおもしろそうね。」
「そういうものじゃないさ、めんどうだ。」
「でも、今あなたにがんになられたら困るわ、ちゃんとこれを提出してね。」
「もし、オレががんになったら、告知してくれ、やり残したことをしなければならないんだ。」
「そんなのいやよ、そんなことないわよ。」
「若いといって安心できないのさ。職場の女性行員がね、30代の前半の子だけど、この検査で陽性になって、精密検査を受けたら、直腸がんが発見されたそうなんだ。幸い初期だったので、手術で回復したらしい。人工肛門にもならなかった。」
「そう、それはよかったわ。」
「その子はひどい便秘症だったらしい。30代でもがんになることがあるんだね。」
「私も便秘症よ、がんの原因は便秘なの?」
「便秘もがんの原因のひとつじゃないのかな。」
「何だか怖いわ。」
「そうだ、よい提案がある。この検査、2回分を提出しなければならないんだ。1個は君にあげるよ。君が検査を受ければいいんだ。もちろん2個とも僕の名前で提出するさ。異常がなければ、君も僕も異常ないということだ。」
「男性と女性が混在していていいの?」
「うんこに男性、女性の区別はないさ。」
「もし、陽性ならどうなるの?」
「日付が違うからどちらかわかるさ。」
「そうなの、私、やってみようかな。」
「君が1個を代理出品してくれると、面倒でなくなるさ、助かるよ。それに君の健康もチェックできるというわけさ。」
「私も安心よ。」
「よ〜し、じゃあこれ君に1個あげるよ。明日の土曜日の分が君、あさっての日曜日がボクさ。」
「そう、私、明日ウンチを採取するわ。」
「そうか。」

 今日は土曜日です。主人は銀行は休みなのですが、お得意さん達とゴルフコンペがあるとかで、朝から出かけていて留守なんです。スポーツなら体にいいわねと、私はきもちよく主人を送り出しました。
 私はといえば、朝食のお片づけを済ませると、おなかに便意を感じたので、例の検便容器をもっておトイレへ入ります。便器に逆に座って、いきみます。しかし意に反してうんちはなかなかスムーズには出てくれません。これが便秘症の女性が感じる独特のもどかしさなのです。時間が経過する毎に次第に便意が遠のいて行きます。
「ああ、今日出ないと4日出ないことになるわ。是非出しておかなくては・・・。」
 なおも私は頑張りますが、おなかの方はますます平穏になってきます。
「ああ、もうだめだわ。仕方ないわ。イチジクしましょ。」
 私は浣腸を使う決意をしました。おトイレからいったん出て、薬箱から青い箱を取り出します。そしてそれと、クリームと砂時計をもって再びおトイレに入ります。

 下着を下げます。立ったまま、足を少し開き加減にします。ティシュにクリームを落とし、それでお尻を拭います。青い箱からイチジクの実を取り出します。それからキャップをはずします。体を少し前かがみにします。右手にもったイチジクの美を背後に回します。
 ノズルをゆっくり挿入します。お尻にそれが挿入されたことをしっかり実感しました。実を手でゆっくりつぶします。お尻に冷たい感触を感じます。
「あっ、いいわぁ。」
 思わず口から感嘆の言葉がもれます。なおも私は注入を続けます。冷たい心地よい感触が継続します。

 注入が終わると同時に私は砂時計をスタートさせます。この砂時計が3分を刻むまで、私はがまんしなければならないのです。この砂時計は砂の落ちる速度は、始めは早く、後半はゆっくりしているように感じます。
 前半の1分半は早く感じます。後半の1分半はとても長く感じます。私はもう何度となくこの砂時計を作動させているのに、毎回そう感じるのです。

 グリセリンって不思議です。もう慣れ親しんでいるはずなのに、私を慣れさせてくれないのです。いつも私のお尻の中で私を刺激し、暴れ続けるのです。一体、どうしたら私はグリセリンと親しくなれるのでしょう。
 いや、グリセリンと親しくなったら私は困るのです。より強い刺激を求めて、私は新しい恋人を捜さなくてはならないからです。私のお尻の恋人はグリセリンで十分なのです。毎回、この恋人とのデートの時間は3分と少し、この短い逢瀬がいいのです。
 砂時計の砂がすっかり落ちてしまいました。私はおもむろに便器にすわります。いつもとは逆向きに座ります。3分を数秒過ぎたとき、私のお尻の穴が全開しました。

 すごい臭気です。いつもなら、うんちは便器の水の中に落ちます。今日に限ってうんちは便器の手前の部分に落ちています。自分のうんちがこれほどにおうなんて、これまで気づきませんでした。
 この臭気の中で私は後の作業を続けます。それは単純でした。容器からスティックを取り出し、うんちに突き刺すのです。そしてそれをすぐに引き上げ、容器に戻すのです。それからうんちを流し去ります。容器にボールペンで採取した日付と主人の名前を書きます。
 月曜日の朝、主人は朝食を食べずに家を出ます。カバンの中にはあの容器が2個入っています。ひとつは日曜日に採取した主人のうんち、そしてもうひとつは土曜日に採取した私のうんちなのです。

 それから10日後のことです。主人宛に1通の封書が届きました。差し出し人は、**病院健康管理課となっています。
 主人は残業があって、夜9時に帰宅しました。食事の後、入浴します。お風呂上がりに私は冷やしたビールを出します。私もコップ半分くらいご相伴します。
 主人がビールを飲み終えた後、私はあの封書を主人に渡します。主人は封書を開封します。その中には書類が2通入っていました。
「この間の健康診断の結果だな。」
「そう、結果はどうなの。」
「1枚は健康診断の結果だ。1項目だけ、印がついているな。精密診断が必要と書いてあるよ。」
「おや、それって何?」
「あっ、便潜血が陽性だ。もう1枚は精密検査についという書類だ。*月*日採取分が陽性でした。当病院消化器科にて精密検査の予約をして下さいと書いてある。」
「カレンダーを見るわ。あっ、*月*日は土曜日よ。私だわ。陽性なのは私よ。どうすればいいの?」 
「そうか、形の上では僕になっているから、僕は精密検査は逃れられないのさ。最近は大腸がんが増えているそうだから、よいチャンスかも知れない。僕は精密検査を受診するよ。どうだろう、君も僕と一緒に受けないか?」
「その病院、総合病院でしょ、私、大きな病院は苦手なの。」

 私には以前に恥ずかしい思い出があったのです。そのときのシーンが、急に思い出されました。忘れようと思っても忘れられない思い出なのです。

 あれはもう7年も前のことです。当時東京の女子大生だった頃のことなんです。ちょうど20才になったばかりのときです。
 私は季節の変わり目にはなぜか体調を壊すことが多かったのです。その年の夏は猛暑でした。アパートに戻ると部屋の冷房を思い切り効かせていました。外出するととても熱く、部屋と外の温度差で私の体は狂っていたようです。秋になって涼しくなり始めた頃、私はおなかの調子を崩していました。
 具体的には便秘と下痢が交代で訪れるようになったのです。とても苦しく、やむなく私は大きな病院の胃腸科を受診したのです。

 問診の後、先生は私のおなかを触診して言いました。
「大腸の検査をしましょう。カメラで診ましょう。ナースに言って、都合の良い日を予約して下さい。」 
 ナースが言います。
「入院して受けられますか、それとも日帰りで受けますか。」
「日帰りでお願いします。」
「それでは何日がいいですか。」
「水曜日は講義がないので、来週の水曜日にお願いします。」
「いいですよ、それでは検査の説明をします。前日の夕食は具のないうどんを食べて下さい。当日は朝食を食べずに来て下さい。前日の就寝前にこの下剤を飲んで下さい。当日の朝6時にこの粉薬を水2000ccに溶かして、1時間かけて飲んで下さい。何度かトイレに行きますが、それは薬のせいですから心配ありません。午前10時に来院して下さい。」
「はい。」

 いよいよ検査の日が来ました。昨日就寝前に飲んだ下剤のためかまだ夜も明けやらぬ4時に、私は腹痛を感じて、目が覚めました。おトイレに直行します。ひどい下痢でした。
 その後、もう眠ることもできず、ベッドで本を読みます。しかし、検査のことが気になって、本の内容もうつろです。
「大腸カメラってどんなものでしょう。お尻から入れられるので、恥ずかしい。それに痛くないのかな・・・。」
 心配なことが、次から次ぎへと頭の中をかけ巡ります。

 そうしているうちに6時になりました。大腸洗浄剤をのむ時間です。1Lのペットボトル2本に薬の粉末と水を入れます。あらためて量の多さに驚きます。「こんなに飲めるかしら?」と不安になります。
 まず1口飲みます。ポカリスエットを少し酸っぱくした感じの味で、とてもまずくて飲めないというほどではありません。1L飲んだところで、少しおなかに違和感を感じます。そのまま飲み続けて、2Lを飲んでしまいました。すると、おなかの違和感が強くなったのでおトイレに向かいます。
水っぽいうんちがたくさん出ました。
 病院に出かける時間が近づいてきました。おトイレに3回行ったので、もうおなかは落ち着いていました。

 20才のときの恥ずかしい思い出は続きます。病院で受付をすると、2階のロビーに通されました。20人くらいの人が集まっていました。
 ナースが皆の前で説明します。
「今日は胃カメラの人が15人、大腸カメラの人が5人です。まず胃カメラから説明します。上着を取って、検査着に着替えていただきます。順番が来たら胃の動きを止める薬を飲んでいただきます。それから喉がしびれるシロップを口に含みます。飲まずに3分くらい口にふくんでいて下さい。それから順番に検査を受けます。安定剤を注射しますので、眠って検査を受けることになります。検査後はベッドで1時間くらい休んでからお帰り下さい。検査結果は後日聞きに来て下さい。」
 
「次は大腸カメラの方です。上着、下着をすべて脱いで下さい。このパンツをはいて下さい。穴のあいた方がお尻です。それから検査着を着て下さい。着替えが終わったら浣腸をかけます。便は流さないで下さい。私がチェックします。澄んでいたら、検査になります。濁っていたり、つぶがあると検査ができません。その方は便がきれいになるまで高圧浣腸をかけます。」
 
 私は言われた通りに着替えをして、ロビーに戻ります。浣腸があると聞いて、どきどきします。
 ナースが言います。
「お名前を呼びますので、呼ばれたら浣腸室へお入り下さい。まず、*えり子さん、どうぞ。」 
 何と、私が最初に浣腸を受けるのです。20人の人が一斉に私を見たように思います。恥ずかしいです。
「はっ、はい。」
「こちらへどうぞ。」
 浣腸室は縦長の部屋で狭く、ベッドが1つありました。流しがあって、お湯を入れた器に、使い捨てタイプの大きな浣腸器が5個、暖められて
いました。
「ベッドに上がって下さい。かべを向いて横になって下さい。」
「はい。」
「失礼します。」
 ナースは私のお尻にゼリーを塗って、すぐに浣腸器のノズルを挿入しました。それはあまりにも事務的で早業で、恥ずかしく思う暇もありませんでした。お尻に温かい液が入ってくるのを感じました。
 それはすぐに終わりました。あっと言う間もなく、私は大きな浣腸をされちゃったのでした。
「できるだけがまんして、排便して下さい。トイレはあちらです。和式と書いた方を使って下さい。便は流さないで下さい。それから便の上にティシュを置かないようにして下さい。」
「はい。」

 私はおトイレであまりがまんできませんでした。出したうんちはもう固体ではありませんでしたが、うんちには変わりありません。これを赤の他人に見せなければならないのです。母以外にみせたことのないものを初めてみられるのです。
 意を決してナースを呼びます。ナースは便を見ながら私の名前を確認します。
「*えり子さんですね、あちらでお待ち下さい。」
「はい。」

 再びロビーに戻って待ちます。患者全員が検査着を着て待っています。皆の視線を浴びているようで、恥ずかしくてたまりません。
 ナースがやってきました。皆の前で言います。
「大腸カメラの方、お一人を除いて検査できます。*えり子さん、まだ大腸がきれいになっていません。高圧浣腸がありますので、もう一度浣腸室へどうぞ。」
「はい。」
 また恥ずかしいことでした。皆の前で私が高圧浣腸を受けることが宣告されたのでした。私は赤面しながら浣腸室へ向かいます。涙がでそうでした。
 ベッドの脇に鉄の台が置いてありました。そしてそれには点滴の道具に似たガラス容器が吊してありました。容器の下部からあめ色のゴムのチューブが伸びていました。そしてその先端にはオレンジ色のゴムのカテーテルが取り付けてありました。
 ナースが言います。
「お尻からお湯を入れておなかを洗います。きもち悪いですががまんして下さい。」
「はい。」
 私はもうまないたの上の鯉のようなものでした。ナースのなすがままに従うしかないのです。

 大腸カメラはお尻かあら入れることは知っていたので、それは仕方ないわと思っていたのですが、その前にこう何度もお尻への処置があるとは思いませんでした。でも、浣腸は生まれて初めてというわけではないので、甘受せざるを得ないのです。ここは病院なんです。お医者さんやナースの言いつけや指示、命令にはそむけないんです。たとえ、恥ずかしい命令であってもです。
 先ほどと同じようにかべに向かって横になります。お尻にカテーテルが挿入されました。とても恥ずかしいです。それにどうなるんでしょうという不安なきもちもあります。
「お湯を入れます。苦しいときは言って下さい。」
「はい。」
 お尻からお湯がゆっくりおなかに注がれます。何だか不思議な感覚です。これまで経験したことのないワンダーな世界に私は入っています。何だか今は現実ではなく、夢の世界にいるようです。
 おなかが温かく、おなかの中にカイロが入っているようです。ただ、カイロと違うのは単におなかが温かいだけではなく、おなかが次第に圧迫感を感じることです。おなかがかなり苦しくなってきました。ナースにそう訴えようと思った瞬間、チューブが抜かれました。
「トイレに行っていいですよ。また流さずに見せて下さい。」
「はい。」

 おトイレではお尻から断続的に水のようなうんちが出ました。ナースを呼びます。
「あっ、まだですね。もう一度高圧浣腸をしましょう。」
 こうして、私は4回も高圧浣腸を受けたのでした。ロビーに戻ったときはホッとしたと同時に、ぐったりしていました。皆の視線を感じ、恥ずかしかったはずですが、疲れてあまりそれを意識しませんでした。
 今日は何度となく恥ずかしい思いをしたのです。20才の私にはこの恥ずかしい経験は忘れることができないものでした。
 大腸カメラそのものは恥ずかしくありませんでした。と言うのも、安定剤を注射されて、私は完全に眠らされたからです。当然、痛みも感じることはありませんでした。
 この病院で感じたことがあります。
それは大きな病院では検査や処置は流れ作業のように行われるということでした。その過程ではプライバシーのことはなおざりにされているように感じました。私たちは患者ですがひとりの人間なのに、モノのように扱われるような気がしたのです。それはたまたま、私が20才という多感な年令だったから余計そう感じたのかも知れませんが・・・。

 私はわれに返ります。主人が一緒に大腸検査を受けないかと言うのです。私はもう27才になっています。それでも、やはり恥ずかしい経験はごめんです。もし、検査を受けるとすれば、プライバシーが守れる個人病院がいいわと思います。
 私は主人に言います。
「私、小さなクリニックで受けたいの、よくって?。」
「そうか、それならそうすればいいよ。インターネットで調べてあげよう。」
「お願いするわ。」
「えり子、ここがいいんじゃないか。」
「*クリニック、胃腸科、肛門科、胃がん、大腸がんの検査、肛門病治療」
「そうねぇ、私、そこにするわ。」

 私は*クリニックを受診します。問診票を渡され、記入します。便潜血陽性、便秘とだけ記入します。40台の先生と面談します。ごく簡単なやりとりがありました。
「便潜血検査が陽性の場合は大腸の精密検査をします。ナースから説明があります。話し合って、スケジュールを決めて下さい。」
「はい。」
 別室でナースから話があります。検査日はあさってになりました。大腸カメラと大腸X先検査のふたつお検査があるそうです。
 検査食を渡されました。明日は3食ともこれを食べるのです。そして今晩と明日の晩に下剤を飲むのです。下剤は前とは違い、少量です。
 私は質問をします。
「前の検査のときは大量の洗浄剤を飲んだのですが、お薬は少なくていいんですか?」
「X線検査をします。大量の洗浄剤を飲んだり、高圧浣腸をすると、バリウムが腸に付着しないのです。」
「バリウムを飲むんですか。」
「いえ、バリウムはお尻から入れます。空気もお尻から入れます。」
「そうなんですか。」
「大腸はそのままではX線には写りません。だからバリウムを入れます。それから大腸がすぼまっていると、病気の部分が隠れて写らないのです。だから空気を入れて大腸をふくらませて撮影するんです。」
「はい。」

 お尻からバリウムや空気を入れるなんて、すごい検査のようです。私はまた恥ずかしい経験をしなければならないよいです。でも、潜血検査が陽性だったから仕方ないんです。どんな恥ずかしい検査でも、受けなければならないわと思い直しました。そして
「もし私にがんが発見されたら・・・。」
 それ以上考えるのは怖くなりました。
 翌日の食事はすべてレトルトの検査食です。朝食はおかゆ、昼食はおもゆ、夕食はスープ、どれも量が少なく、おなかがすいてたまりません。それに、下剤のせいかお通じもちゃんとあって、おなかはますます減っています。
 
 検査当日です。また深夜なのににおなかが痛くなって、おトイレに行きました。何とまだ明け方の2時です。うんちの後、ふたたびベッドにはいりますが、検査のことが気になって、眠れません。もんもんとして朝を迎えます。
 朝になってまたお通じがありました。今回はおなかの洗浄は順調のようです。
 クリニックへ行くと、早速診察室に通されました。診察室は2つあって、隣の診察室では先生と患者の声が聞こえます。

 ナースが私に言います。
「ベッドに上がって下さい。」
 言われた通りにします。胸がどきどきしています。
 ベッドの脇には内視鏡装置があります。ナースがトレイをもってきました。その上には大きなガラスの注射器が載っています。
「浣腸します。」
 やはり、あの処置があるんですね。でも、これは想定されていたことです。
 注射器は浣腸器だったのです。先端にはゴム製のオレンジ色のカテーテルが付いています。
 瞬間に私は思いました。
「前の病院は浣腸器は使い捨てタイプだったわ。今度はガラス製の浣腸器よ。浣腸器ひとつとっても対応が違うんだわ。」

 かべに向かって横になります。腸の検査なので、浣腸はやむを得ないことでしょう。今回は皆の前での宣告はなかったので、恥ずかしさも少し軽いです。やはり小さなクリニックを選んでよかったとあらためて感じました。それに面倒な穴あきのパンツも着用しなくていいのです。あんなの、かえって恥ずかしいです。浣腸は自然体で受ける方がよいと思います。
 お尻にゼリーが塗られ、カテーテルが挿入されました。なつかしい感触です。 浣腸を受けながら、私は思います。私は便秘症なのだから、これからもずっと浣腸とは縁が切れないかも知れないわ。だったら、これを敵ではなく味方につけて楽しむことにしましょう。恥ずかしいけど、きもちは悪くないわ。むしろきもちいいくらいよ。

 液の注入はごくゆっくりです。時間をかけて注入が続きます。これも患者が少ないクリニックならではでしょうか。流れ作業的な感じがしないんです。前の病院では浣腸はあっという間に終わったのでした。
「終わりましたよ、ベッドで体を1回転させて下さい。」
 私は言われたまま、ベッドで体を1回転させます。思うに、これはグリセリンを直腸内に行き渡らせるためなのでしょう。体を1回転させた後、下着を引き上げます。こういう指導もあの病院ではありませんでした。
「はぁい、いいですよ、5分間くらいがまんして出して下さい。トイレはあちらです。」
 流さないようにとの指示はありませんでした。私は排出したものを流しました。うんちを見られる恥ずかしさもありません。

 このクリニックの浣腸の処置法には感激しました。使い捨てのものではなく、ガラス浣腸器を使い、注入もごくゆっくりなのです。そして、使い捨てのパンツの着用もありません。注入の後の体の回転も納得できます。また、排出したものを見られる恥ずかしさもないのです。このクリニックを選んでよかったわと思いました。

 おトイレからもどって、診察室の前で待ちます。ナースが中に入るように言います。またベッドに横になります。下着を下げて、お尻を露出させて待ちます。ナースがトレイをもってきました。器具がいくつか入っています。
「お尻に注射をします。腸の動きを止める注射です。ちくりとしますが、がまんして下さい。」
「はい。」
 お尻への注射なんて久しぶりです。多分、小学生の頃以来です。浣腸は何度も経験しているのですが・・・。
 先生がやってきました。
「まずお尻を診ます。」
 やはりです。これもきっとあると想定しました。潜血は痔なのかも知れないからです。
 ナースがお尻にゼリーを塗ります。手袋をした先生の指が私のお尻の中に潜って、内部をまさぐります。それはごく短い時間でした。恥ずかしいとか、きもち悪いとかを感じることもありませんでした。
 今度は機械が入ります。そして、機械はがお尻の穴を開いて、先生が内部を覗きます。これもごく短時間でした。 
「痔はありません。」
 先生がそう言いました。

 お尻の検査もごく短時間でした。前の病院ではずいぶんじかんをかけてお尻を調べられたように感じました。 
 私は痔ではなかったんです。ということは、あの出血は何だったのでしょう。私はむしろ痔が発見された方が安心だったかも知れないと思いました。恥ずかしいし、ちょっとやっかいかも知れませんが、がんよりはよほどましでしょう。

 いよいよ大腸カメラの登場です。
「カメラが入ります。」
 先生がそう言います。
「麻酔はないんですか?」
 私はとっさに尋ねます。
「麻酔をすると、次のX線検査がすぐにできませんので、麻酔はありません。おなかが少し引っ張られる感じがすることがありますが、がまんして下さい。」
 先生は丁寧に答えてくれます。
 お尻にカメラが入りました。するりと抵抗なくスムーズでした。カメラは次第に奥へと進みます。途中、おなかが圧迫されるように感じて、思わず
「痛〜い!!!」
 と悲鳴をあげます。
「今、腸の曲がり角を通過しました。すこし痛さをがまんして下さい。」
 私は必死でがまんします。痛みを数度感じました。このときばかりは麻酔を使わないことを恨みます。

「一番奥まで入りました。抜きながら、異常がないかを診て行きます。」
「はい。」
 もう痛くはありません。おなかのなかで何かが少し動くような感触があります。カメラが移動しているのでしょう。不思議です。お尻の穴を見られるのは恥ずかしいのに、おなかの中を見られるのはそれほど恥ずかしく感じません。
 先生はモニタを見ながらカメラを操作しています。モニタは私の位置からは見えません。カメラは私のおなかの中を動いて行きます。お尻のすぐ内側までカメラが戻ったように感じます。先生はカメラをすぐ抜かずに、お尻の内側をカメラを回転しながら丁寧に診ています。
 先生が言います。
「この部分は一番病気が多いところです。丁寧に診ます。」
「ここに何か異常があるのかしら?」
 とちょっと心配になります。
 そのうち、カメラが抜かれました。お尻を拭きながらナースが言います。
「終わりました。すぐにX線検査をします。私と一緒にX線室に移動しましょう。」

 ナースと一緒にX線室に向かいます。彼女はトレイをもっています。その上には白い液体の入った大きなボトルや、黒いゴム球のついたゴムチューブ、ゼリーなどが載せられています。チューブの先端には穴があいています。このチューブの先端が私のお尻に入ることは間違いないようです。それに、白い液体はきっとバリウムなのでしょう。牛乳ビン2本分くらいの量があります。400ccくらいの量をお尻から入れられるようです。それらを見ていると、胸がキュンとなります。
 X線室に入ると、ナースが言います。
「お尻は汚れるので、下着は全部脱いで、下半身は何も着用しないで下さい。上半身は下着は着用していてもかまいません。上から検査着を着て下さい。」 
「はい。」
私はカーテンで仕切られたコーナーでブラジャーだけ残して、丸裸になります。
そして、ガウンタイプの検査着を着用します。

 ベッドの上に寝ます。ナースが言います。
「浣腸のときと同じ姿勢をして下さい。今からバリウムを浣腸します。その後で空気を浣腸します。」 
 私は質問します。
「空気はなぜ入れるんですか?」
「バリウムを腸の奥に送り込むためです。それと、腸を膨らませて、病気の部分があればよく写るようにするんです。」
「はい、わかりました。」
 お尻にチューブが挿入されます。そしてバリウムがゆっくり注入されます。バリウムは少し暖めているようで、きもちいいです。グリセリンのような刺激はまったくありません。おなかが温湿布をされているような感じです。かなり時間をかけてゆっくりバリウムが注入されました。そしてチューブが抜かれました。
 バリウム浣腸は全然苦しくないです。むしろきもちいいくらいでした。

 先ほどのグリセリン浣腸と同じように、体を1回転させられます。バリウムを流れやすくするためのようです。
「今度は空気浣腸をします。」
 再びお尻にチューブが挿入されました。今日お尻にものが通過するのはもう何度目でしょうか。
 お尻の穴の内側と外側の両方から圧迫されるような感じがあります。バルーンが膨らまされたためのようです。お尻の穴からバリウムや空気が漏れないように、バルーンでしっかり栓をされたようです。
 おなかが少しずつ圧迫されます。空気浣腸が始まったようです。ナースは左手で私のおなかのふくらみ具合を確認しながら、右手で空気の注入を続けます。
「苦しくないですか。」
「少し苦しいです。」
「もう少し空気を入れます。おならをしたくなりますが、がまんして下さい。」
「はい。」
 確かにおなかにガスがたまって、おならをしたい感覚に襲われます。懸命におならをがまんします。空気浣腸は苦しいです。私のおなかはカエルさんのようになってしまいました。チューブが抜かれ、やっと空気浣腸が終わりました。私は必死でお尻の穴を締めます。

 ナースは部屋から出て行き、今度は男性のレントゲン技師が来ます。
「検査は初めてですか?」
「はい。」
「バリウムを腸全体に行き渡らせてから検査が始まります。」
「そうですか。」
「ベッドの脇の手すりをしっかりもって下さい。台が上下、左右に動きます。そうするとバリウムも奥へ入って行くのです。」
「はい。」
 X線技師は奥に戻ります。部屋は無人になりました。ベッドが遠隔操作されます。
 技師さんがガラス越しにマイクで私に言います。
「頭が下がります。」
「はい。」
 頭が下がって、お尻が持ち上がります。宇宙遊泳のようです。
「左を向いて下さい。」
「はい。」
「今度は右を向いて下さい。」
「はい。」
 手でしっかり体を支えます。確かに、これでは麻酔は使えないわと実感します。私はおならが出そうなのを忘れて、自分の体を支えることに神経を集中させました。

 技師さんが言います。
「バリウムが腸全体に届いたので、先生を呼びます。」
 今度はガラス窓の向こう側で先生がマイクで言います。
「体を動かしながら写真を撮ります。体を左に向けて下さい。」
「はい。」
「息を吸って。」
「はい。」
「息を止めて。」
「はい。」
「今度は右を向いて。」
「はい。」
・・・・・・・・・・・・
 台が上下に動きます。私も体を左右にひねります。色んな角度から私の大腸の写真が撮られるのです。
 途中、ロボットのアームのようなものが出てきて、おなかをおさえたときは苦しかったです。それ以外は遊技施設でゲーム機で遊んでいるような感覚で、とても楽しかったです。

 20分間くらいで撮影が終わりました。直ちに私はおトイレに直行し、空気とバリウムを排出するのでした。おトイレではとても大きな排出音が出て、恥ずかしかったです。
 再び診察室に戻ったとき、ナースが大きなコップに水と下剤をもってきてくれました。彼女が言います。
「この下剤を飲んで早くバリウムを出しましょう。8時間後に効きますから心配しなくていいですよ。」
「はい。」

 先生から検査結果の説明がありました。カメラの検査もX線検査も何の異常も見られないとのことでした。便潜血が陽性でも、何の異常も発見されないことがほとんどだそうです。
 安心して病院を後にしました。そして検査結果を携帯電話で主人に報告しました。主人も安心したようです。
 個人経営の小さなクリニックだったので、その日の検査は私一人のみです。そのため、丁寧な検査を受けることができました。他の患者さんとの接触もなく、プライバシーも十分保つことができたと思います。
 私はグリセリン浣腸、バリウム浣腸、空気浣腸、先生による直腸診、大腸カメラ、X線検査と、お尻への処置や検査のフルコースを味わうことができたのでした。恥ずかしさ、苦しさもありましたが、すべて事前に想定されていたことで、がまんできる範囲でした。
 それに、何よりも検査結果に異常がなかったのがよかったです。よい経験ができたと満足でした。こういう経験ができたのも、ひとえに夫が私のうんちを ”代理出品” を提案したからなんですね。

 結果良ければ、すべて良しと感じます。機会があればもう一度このお尻のフルコースの検査を味わいたいとさえ思いました。


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